◆23 最上級の感謝を込めて
俺は、領地での用事を終えすぐに首都に戻ってきた。とある人物達を引き連れて。
その者達のおかげで、新しく立ち上げた事業を成功させることが出来た。その事業とは、装飾品製造業だ。
領地内にいる領民の中に、装飾品を製作している職人達がいる事を俺は知っていた。だから領地に着いた次の日、直接彼らの方に出向いた。彼らはとても腕の立つ職人達だから、きっと上手くやってくれるだろうと考えた。
何故数ある選択肢の中から装飾品を選んだのか。それはルアニスト侯爵が今力を入れて準備しているのが同じ装飾品製造業だったからだ。
カーチェスの情報網のおかげでもあるが、ルアニスト侯爵がわざわざ俺との婚約を破棄させ第二皇子と婚約し直したのは、きっと第二皇子の持つ領地の鉱山が目的だろうと踏んでいたからだ。
夫人達とのお茶会に参加していたトワート伯爵が領地で珍しい鉱石が見つかった話が出てきた際、面白いのではないかと計画し、すぐに話を付けたのだ。
「これくらいの見積もりで取引させてくださいませんか?」
「えっ、こ、こんなにですか……!?」
お茶会の後、トワート伯爵は戸惑いを見せ時間をくれと帰っていったが、数日後承諾をしてくれた。
善は急げというから、その後すぐに俺は領地に向かったのだ。
提案をした後、職人達がどういう答えをくれるだろうかと待っていたが……
「首都からの噂は聞いてます。先代方に先立たれて、今度は長年続いてきた婚約者との婚約を破棄だなんて、気の毒でしょうがねぇ……だから、ご当主様の力になれるなら俺達はいくらでも手を貸しましょう!」
「それに、こんな素晴らしい鉱物を俺達に扱わせてもらえるなんて、腕が鳴りますな」
まさか、そんな理由で引き受けてくれるとは思いもしなかった。だが、その気の毒の理由にきっと俺の噂も入ってるんだろうな。まぁ、働いてくれるならそれでいい。
結果は予想以上、爆上がりだ。周りの者達は本当に腰を抜かしていたが、これくらい当然だ。悪評高かった俺の評判は、紡績業の件でもうすでに不審がるような貴族達は減ってきているという証拠だ。
「今頃侯爵は、腸煮えくりかえっている頃か?」
ルアニスト侯爵はこの状況を見て第二皇子に鉱山をくれと言えるだろうか。まぁ、第二皇子がプレゼントしてくれるかどうかは分からないがな。
ルアニスト侯爵家が今危ない状況となっている時、婚約者様である第二皇子はどんな行動を取るか、楽しみだ。まぁ、今の王子が今何を考えているかも気になるがな。
今回、ルアニスト侯爵は時間をかけて大金をつぎ込み準備していたものが水の泡となった。絹糸紡績業だって今は需要が減っているんだ。収入だって右肩下がりだろう。もし何か新しい事業を立ち上げたとしても、潰す予定だ。これからどう動くかが楽しみだな。
そして今日、俺は皇城に赴いていた。またもやトリスティ夫人にお呼ばれし会場である皇城の庭でお茶を嗜むことになってしまった。が、面白いものが見られた。
「おやおや、皆さま気に入っていただけているようで光栄です」
「ふふ、今流行していますからね。すぐに注文しましたのよ」
「まさか、そのためにこのお茶会を開催したわけではありませんよね」
「あらやだ、そうに決まっているではありませんか。顧客の意見を聞くのも事業をしていくにあたって必要なことなのではと、僭越ながら私がお茶会を催したのですよ」
「はは、それはありがたいですね」
まさか、皆さま俺の事業のドレスと装飾品を身に付けていらっしゃるとは思いもしなかった。何人かはいらっしゃるだろうと思ったが、まさか全員とは。今は注文が間に合わずにいるはずなのに、いやはや、実にあっぱれだ。
ちなみに言うと、今回の参加者は俺が初めて参加したお茶会メンバー全員だ。この装飾品製造事業に携わったトワート伯爵も参加している。
お茶会の話題は俺の事業。だが、全員がルアニスト侯爵の名前は一切出さなかった。気まずさからなのか、わざとなのか。まぁ、ありがたいのは間違いないがな。
トワート伯爵は、詳しい事は契約上言わないが俺を称賛する事ばかりが口から出てくる。俺が提案した事業を一緒に手掛け、しかも大成功したのだ。言いたくなるだろうが……一番は、報酬か? 俺が大金を出したからな。現金な人だ。
ようやく首都に帰ってきてからのお茶会だったから少し緊張はしたが、以前顔を合わせた人物達だったからかそんなに疲れるようなことはなかった。違いとしては、自分の娘をさりげなく自慢してきたところだろうか。
最近は俺もご令嬢と親しく話す場面があるから、今だと出してきたのだろう。まぁ、しつこくはないからありがたいがな。
だが、俺はゲイなんで女性に興味は全くない。あるとすれば……
「っ!?」
お茶会に幕が降ろされ、皇城の廊下を歩いていると、やはり会う事になった。だが、以前と違うのは会った瞬間に俺に近寄ってきて腕を掴んだところか。
「ご機嫌麗しゅう、第二皇子でっ……」
「……」
俺の挨拶を聞いていないと言っているように、俺の腕を引っ張り連れていった。その行き先は、近くにあったとある部屋。すぐにその部屋のドアを少しだけ開けると二人で滑り込み閉めた。
一体なんだと思い声をかけようと思ったら、壁に背中をつかされた。目の前には、殿下。そして、口づけをされる。
いつぞやの、あの日のような光景だ。
「はぁ……」
「はぁっ……いかがしましたか、殿下」
「……」
「私が首都を離れている間、だいぶ寂しがっていたようですね」
「……」
俺のことを睨んでいるが、顔を赤くしているのだから全然怖く感じない。
可愛いじゃないかと思いつつ微笑むと、顔を硬直させ、また口づけをしてくる。重ねるだけの口づけが、どんどん深く、深くなっていき、隙間から殿下の舌が入り込む。この前のを真似しているのだろうか。だが、こんなものは生ぬるい。
「っ!?」
殿下の後頭部を掴みグイッと頭を引き寄せ、殿下の舌に俺の舌を絡ませる。驚いたのか、殿下の声が俺の声と一緒に隙間から溢れる。
俺は殿下より年上で、前世では彼氏もいた。だいぶ手練れの彼氏に教え込まれたから、これぐらいじゃ満足しない。途中で焦りを見せてきたが、殿下は優秀で器用らしい。飲まれる事なくついてきている。
ようやく離れると……殿下は顔を俺の肩に埋めていた。あれから俺が首都を離れて、だいぶ悩んだみたいだ。さて、殿下はどんな行動を取るのか。
「……忘れられない」
「……」
「お前は、俺をどうしたいのだ……」
俺の行動で今殿下の立ち位置にヒビを入れている。だが、あの夜の後もまた婚約者の家に圧力をかけ殿下に意思表示をした。
「どう、とは?」
「婚約者の家に圧力をかけているのはお前だろう。これでは彼女の婚約者である俺の立場も危うくなる。お前は第二皇子である俺を失脚させたいのか。――お前から婚約者を奪った俺を」
奪った、ね。まぁそう考えるだろうな。最初にマウントを取ったからな。
「それは違いますよ、殿下。私は、殿下に感謝しているのです」
「どの口が言っているのだ」
「鬱陶しいあの小娘を引き取ってくださった、という意味です」
「……正気か?」
「正気ですよ? 殿下も、思うところはあるのではないですか?」
「……」
その様子では、思い当たるところはあるらしい。まぁ、どんな部分が、とまでは知らないが、俺からしてみれば、俺の今まで積み重なっていった悪評が誰によって作られたのかと考えれば、彼女がどんな性格なのかは一目瞭然だ。
「感謝の意味を込めて、お慰めさせていただいたのですよ。その様子だと、お気に召してくださったようですね。安心いたしました」
「……りない」
「……?」
「まだ、足りない」
「……殿下は欲張りなようだ」
また、口づけが始まる。どんどん深みを増していき、殿下も俺ものめり込み、そして溺れていった。
殿下は公務を、俺は待たせている御者を放って。殿下も頭では分かっているだろうが、それでも目の前の俺が欲しくなってしまったようだ。
俺は、心の中に隠しほくそ笑んだ。




