◆12 毒となるか
「ダンテ様、お手紙が来ていますよ」
「……マジか」
レスリス公爵家で行われたパーティーの次の日。へとへとになりつつも高級寝具に寝そべり爆睡した。疲れているからと寝坊をしようかと数分間だけ思っていたんだが……ご夫人からの招待状が届いていた事で頭がしゃっきりしてしまった。
まさか、バレた? いや、さすがにそんな事はないか。
というか、仕事が早すぎる。どれだけお茶会に俺を呼びたかったんだ。自分の旦那を巻き込んでまでよくやるな。
ちなみに言うと、そのご夫人はトリスティ侯爵家のご夫人だ。皇族派であり幅広い人脈をお持ちの方だから、仲良くなっておくに越したことはない。そもそも、周りが様子を窺っている中こんな評判の悪い俺に話しかけ、お茶会の招待状まで送ってしまうのだから、本当に強い人だ。
「はぁぁぁぁ……とりあえず、またブティックを呼んでくれ」
「かしこまりました」
とはいえ、俺は高級マネキンだ。表に出なければ始まらない。自分でパーティーを開いたとしてもなにかと理由を付けて不参加にする者達が多いだろうし、自分達が開くパーティーに俺を呼ぶ事はよほどのことがない限りしないだろう。……と、思っていたがお茶会の招待状が来るとは正直驚いている。
だが、これはチャンスだ。そう、チャンス。ありがたいお誘いなのだから、文句を言わず仕事をしに行こう。
お茶会の招待状を持ち向かった先はこの国の皇城。馬車を降りるといつもと変わらず貴族達で賑わっていた。だが、皇城を歩いても以前のような視線は向けられない。
きっと、以前レスリス公爵家のパーティーでの事が社交界に広がったのだろう。こちらとしては嬉しい事だ。おかげで楽に城内を歩けるな。
とはいえ、トリスティ侯爵も肝が据わってる。俺が参加するお茶会の会場を皇城にするとはな。ここは第二皇子殿下の住まいでもあるから顔を合わせる可能性が十分にある。それを知ったうえでここを選んだ。やってくれるな。
だが、皇城は数多くの貴族達で賑わっている。ここで働く者達も貴族が多い。その場でマネキンとして仕事を発揮出来るのはありがたいことではあるが。
皇城の使用人に、奥の中庭に案内された。
少し進むと、東屋が視界に入ってきた。もう談話が始まっているのか楽しそうだ。
「すみません、遅くなりました」
「そんな事はございませんよ。ブルフォード卿との談話を心待ちにしていたので、我々が早く来てしまったというだけですから。それに、ブルフォード卿はお忙しい立場だということもこちらは承知です。そんな中お時間をいただけてとても光栄ですわ」
と、皆立ち上がり挨拶を。
自己紹介の後、俺に用意されていた席に落ち着いた。以前話していた通りお友達と言っていたご夫人達まで旦那を連れてきたようだが……年若いご令嬢までいる。それぞれご夫婦達の娘のようだ。おいおい、ちゃっかり全員連れてきてるな。
今回の参加者は、トリスティ侯爵家ご家族一組と、伯爵家ご家族二組。皆一人娘を連れてきて俺を入れて10人だ。俺だけ寂しいと思うのは気のせいだろうか。
「もしやブルフォード卿、今日のお召し物はクロール生地のでしょうか?」
「えぇ。今事業としている紡績業で作っているものです」
「わたくし達、今セレナ夫人のブティックで注文していますの。ブティックに飾られていたドレスと紳士服がとっても素敵で思わず見入ってしまいましたわ」
「それは嬉しいですね、ありがとうございます」
この中での顔見知りはトリスティ夫人と、高位貴族院会議で顔を合わせたトリスティ侯爵のみだな。
皆娘を連れてきたという事は、俺に紹介するつもりか。とは思ったが、全員、自分の娘を大きく話に出すことはしてこない。俺の事業の話が話題になったから、娘の事も出すのだと思ったが意外だな。いや、きっとこれはきっと先日の事件が理由だろうな。
俺が婚約破棄をされた日からまだ少ししか経っていない。だから、今下心で娘を積極的に出すのは逆に俺の中で悪い印象となってしまう。
だから、今日は顔見知りというところまでに抑える事にしたのだろう。さすがだな。
とはいえ、ご令嬢本人達は俺と話したくてうずうずしているように見えるがな。でも言いつけを守っているようでこちらもありがたい。
「そういえば、トワート伯爵領で珍しい鉱石が見つかったとか」
「おや、侯爵は耳が早いですね。そうなんです」
と、話の中で興味深い会話が出てきた。確か、トワート伯爵と言ったら……宝石事業を行っていたな。
俺は、ご夫人達との話の中でとあるものを思いついていた。
さて、どうしようかな。
とりあえず、まずは話をする場を設けないとな。
夫人達とのお茶会は実に無駄のない、俺が欲しかった情報がいくつも話題に出されたありがたいものだった。参加したのは正解だったな。
「とても楽しい時間でしたわ。今日はご参加いただきありがとうございました」
「こちらこそ。招待していただきありがとうございました」
その言葉で、お茶会は締めくくられた。
各々が東屋から去っていき、俺もその場を離れた。初めてお茶会というものに参加したが、実に有意義な時間を過ごせた。夫人達のおかげであのご令嬢達のような困った雰囲気など何もなかったのだから。まぁ、この後この皇城に来ているご令嬢達に捕まるだろうが。
それに、ここは皇城であるから……
「……ブルフォード卿」
「ご機嫌麗しゅう、殿下」
この方もいらっしゃる。第二皇子殿下だ。俺を見た瞬間、一瞬硬直した顔をこちらに向けていた。だが……俺はどちらかと言えば会いたかった。
トリスティ夫人は悪ふざけとしてここを選んだのだろうが、俺としてはありがたく思っている。彼女は微塵も思わないだろうがな。
「貴殿とここで会うとは思わなかった。今日は謁見や会議などはなかっただろう」
「本日はお茶会に参加させていだいたのです」
「そう、だったのか」
第二皇子というお立場の為、ここで行われる会議などの予定は耳に入るだろうが、今日の謁見の予定まで知っているとは。誰かに聞いたのか。さて、何故それを聞いたのだろうか。聞きたいところだな。
「そういえば、そろそろ殿下の成人の儀ですね」
「あぁ、そうだな」
「これから成人の身となるのですから、より一層政治の為のお役目を承る場面も増えるでしょうし、これから代替わりで皇太子が皇帝の座に就くとなれば、殿下がお側で支えることとなるでしょう」
「……」
「ですから、婚約者が出来たのですから、早々に婚約式を行った方がよろしいかと私は思います。身を固めるには、周りよりも早く事を起こすのが一番手っ取り早い」
「……婚約式の件についてはすでに話を進めて取り掛かっている。貴殿が心配するような事は一つもない」
「おや、それは失礼しました。でしたら、殿下のご立派なお姿を拝見出来る日を心待ちにしておきましょう。では殿下、私はここで失礼します」
「……あぁ」
一礼し、去り際、以前のような微笑を浮かべる。
はは、我ながら、元婚約者である俺から皮肉を言うにも程があるな。
俺はダンテと同い年だから、今は殿下と6歳差だ。大人気ないと言えば否定出来ないが……この状況を面白く思っている。
「……はは……」
誰もいない廊下で、ほくそ笑んだ。
世間からしてみれば、ダンテの婚約者を奪った人物ではあるが……俺としては礼を言いたいくらいの人物だ。
だが、殿下のあの表情。皇族ではあっても……可愛いところもあるじゃないか。