◆10 クソジジイ殿のいたずら
メスト子爵達の来訪後、このブルフォード公爵家を訪れる者達はいなかった。親戚達からの手紙なども来ていない。この家は喉から手が出るほど魅力的ではあるから、これを機に親族であることを利用してと思う者達は少なからずいただろう。だが、メスト子爵達の事を聞いたのか静かになっている。という事は、彼らは馬鹿ではないらしい。安心したよ。
だがその代わり、とある手紙が舞い込んできた。
「一難去ってまた一難、ね……」
その手紙の差出人を見て嫌な予感を抱きつつ、中身を拝見した。
そして、一言。
「……あんのクソジジイ……」
「ダ、ダンテ様……?」
言葉は汚かったが、こうも言いたくなる。この手紙は、夜会の招待状。しかも、主催者はあのレスリス公爵。あのいたずら好きのジジイだ。
俺を夜会に招待する、ということはどういう意味を持つのか。すなわち、笑い者になれ、ということだ。あんな大衆の中、不能男の噂が立った俺が夜会に出てみろ、簡単に予想が付くだろ。
しかも相手は公爵家。基本的に、自分より階級が上の者からの招待状は急用でもない限り必ず参加しなければならない。同じ階級であれば、参加するかしないかは自分で決められるが……相手は公爵、貴族界で一番上の立場。俺も立場上、断れるわけがない。
しかも、ここで断ったら余計社交界で噂される。ブルフォード公爵が参加しないのはあの噂のせいね、と。それから尾ひれがどんどん付いて大変なことになる。
そもそも、パーティーなんてこの先避けては通れない道だ。皇室主催のものは絶対参加なのだから。なら、堂々としていればいい。そう、何かございましたか? くらいでいけば何ともない。大丈夫。この前の高位貴族会議でも大丈夫だっただろ。
と自分に言い聞かせてはみたものの……自信は、ない。
相手があのレスリス公爵なんだよなぁ。またなんか企んでないよな。あんのクソジジイ、覚えてろよ。
まぁ、仕返しなんて出来るわけがないけど。あのジジイを敵に回したら面倒くさい事になる。行く以外に選択肢は最初からない、という事か。
「カーチェス、ブティックを呼んでくれ」
「かしこまりました」
もう背に腹は代えられない。ダンテの為にも、俺のこれからの人生の為にも、乗り気はしないが頑張ってこよう。それに、ただ笑い者にされるために行くのは癪に障る。だから、利用させてもらうとしよう。
そうして迎えた、パーティー当日。準備はしたが、乗り気じゃないことに変わりはない。笑いものにされに行くのだから当たり前か。
だが……
「はぅっ……」
「はぁ♡」
「素敵……♡」
俺のパーティー用紳士服に、メイド達が殺られていた。失神や鼻血を出したやつもいた。大丈夫か、これ。でもまぁ、参加者の女性達をこれで黙らせられるのであれば万々歳だ。
「……はぁ、帰りたい……」
「ダンテ様、まだ出かけてすらおりませんよ」
「……」
笑いものにされに行くと分かっていて行くのだから乗り気にならないのは普通だろ。
はぁ、しょうがないな。
重い足取りで、真っ黒な馬車に乗り込んだのだ。
この異世界に来てから、3回目の外出だ。しかも、パーティーときた。一応記憶はあるが……あまり参考にはならないな。前世の記憶だって使い物にならない。
あぁ、帰りたいと内心で呟くと、もうレスリス公爵邸に着いてしまった。重い足取りで馬車から降りる。
だが、さすが公爵家と言ったところだろうか。屋敷は豪華で、パーティー会場もお金がかかっているような煌びやかさだ。ウチも結構な屋敷ではあるが、また違った品のある屋敷だな。
案内人に連れられて会場に入ったが……気分的には場違いに思ってしまう。中身は普通の会社勤め。こんな煌びやかな場所とは無関係だったからか落ち着かないな。
それにしても、パーティーにはどれくらいの参加者がいるのだろうかと思っていたが、結構な数だな。あぁ、大勢の貴族達に笑いものにされに来てしまったのか。
さて、主催者に……と思っていると、意外な事にあちらから声をかけてきた。探す手間が省けたな。
「ブルフォード公爵が参加してくれるとは思ってもみなかったよ、ありがとう」
「こちらこそ、ご招待いただき光栄です、レスリス公爵」
そうは言っていても、どうせ確認のために取った行動だろうが。
招待状を送ったところで、ダンテ本人だったら返事すら出さずガン無視だっただろう。ダンテは別に周りを気にしないやつだからな。それはレスリス公爵も承知だったはずだ。
だが、婚約破棄後にあろうことかダンテは高位貴族院会議に姿を現した。一体どんな風の吹き回しなのだろうかと疑ったがための招待状だったんだろうな。
さて、俺がちゃんと参加したことをどう思ったのやら。食えない人だからこっちも冷や冷やだ。
「聞いたよ、ブルフォード公爵。最近事業を始めたんだって?」
「はい、少し興味がありましてね」
「君が事業に興味があるとは驚いたよ。当主として動き出したのは最近だろう?」
「そうですね。まだまだ未熟者ではありますが、精進していこうと思っています」
俺が始めた事業は、紡績業だ。クロールという狼のような見た目の大型動物の毛を素材とした布を作り出した。クロールとは、ウチの領地を毎度毎度荒らしてくれる困った大型犬の事だ。だから、領地にいる騎士団が定期的に狩りをしていた。これはちょうどいいと今回事業を始めたという事だ。
俺が憑依しすぐに行動に起こせた理由は、ダンテの記憶のおかげだ。ダンテはクロールの毛が布となる事に気付いていたのだ。こいつの知識は計り知れないからな。
だがダンテは代理人であったルアニスト侯爵に領地経営を全部丸投げしていたし、さして興味もなかったから何も言わなかったのだ。
なら、始めるに越したことはない。それに、あのルアニスト侯爵家が行っている事業も同じく絹糸紡績業、絹糸を紡ぎ織物を作っている。なら、これを選ぶ他にないだろう。
そのため、ついこの前ブティック代表としてウチに来訪したセレナ夫人に声をかけ、その後契約をした。いきなり俺から提案を出したから時間が必要かと思ってはいたが、意外と早く、快く契約を交わしてくれた。微笑んで店長達を堕としておいてよかった。
今は社交界シーズン。だから貴族達は大量の服を購入する事だろうから需要が高まる。このタイミングを逃してはいけない。
とはいえ、評判の酷い俺が立ち上げた事業であるため、例え有名なセレナ夫人のブティックであっても、気になりはするが売り上げは上がらない事だろう。今まで牛耳っていたルアニスト侯爵の事だ、簡単にいかない事は分かっている。
そのため、一つ案を講じた。
「セレナ夫人が絶賛していたよ、とても素晴らしい生地だと」
「それは嬉しいですね」
「公爵のその紳士服も、もちろんクロールだろう? よくお似合いだ。もしや、宣伝も入っているのかな。もしそうだったとしたらもってこいのモデルだ」
「はは、お褒めいただけて光栄です」
前世ではファッションの情報は、テレビやSNSで探すのがほとんどだ。だが、ここは異世界。ここにはテレビもスマホもない。あるとすれば、新聞だな。だが、新聞に俺の事業を載せたところで意味がない。疑り深く思わせてしまうだけだ。
なら、直接目で見せればいい。
俺自ら、クロール生地の紳士服を着てパーティーに参加する事だ。それは普通だろ、と思うだろうが……ダンテがこの役目を引き受ければ、パーティー会場を歩く超高級マネキンとなる。
社交界では俺の事を噂にして皆注目している状況だから、俺に視線が集まる。マネキンは見られてなんぼだ、思う存分宣伝してみせよう。
このパーティーにはクロール生地の洋服を着ている者はいない。だがまだこれからだな、と会場内を見渡していたが、コソコソ話し声が聞こえてきた。恐らく、俺の噂話だろう。
不能男の噂に、いきなりの大変身。一体どうなっているのかと探っているようだ。
ダンテは周りを気にしない性格だ。そして、そういう人物だという事も周りの者達は知ってる。だが、俺としては流石に居心地が悪い。ちらり、とそちらに目を向けると、口元をゆるませた。
「あ……」
「えっ……」
「……」
バタバタ倒れる夫人達に、視線を逸らせず顔を真っ赤にしている男性陣。とりあえず女性達を何とかしてやってくれ。犯人は俺だがな。だが、これで静かになりいっちょあがりだ。
「はは、人気者は大変だな」
「まったくです。セレナ夫人の腕は確かだという事でしょうね」
「はっはっはっ!」
その人気者、の意味は聞かなくても分かるがな。