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◆1 とんでもないやつに憑依した

「っっってぇ!?」



 いきなり感じた浮遊感。次に、肩と腰に衝撃と痛みを感じた。高いところから落ちた事は分かったが、何故落ちたのかは全くもって分からない。


 痛む肩を押さえつつ片目を開くと、床と壁が視界に入った。そして、思った。


 ……ここ、どこだ?


 とても高級感の溢れる壁紙が見える。まるで、映画や小説、マンガで出てくるような、お貴族様のお屋敷にありそうな壁紙だ。


 とりあえずこの家の家主に……と思いつつ床に手を付き上半身を起こそうとした。



「うっ」



 だが、頭皮に引っ張られるかのような痛みを感じた。なんだなんだ、と思っていると視界に長い髪が入っていた事に気が付いた。床と手で挟み込んでしまっていたらしい。


 痛みを感じたという事は、これは……俺の髪?


 それにしても、ちょっと長すぎやしないか? 腰までありそうな長さだぞ、これ。


 ……いやいやいやちょっと待て。俺は短髪だぞ。生まれてこの方こんなに長く伸ばした事なんて一度もないはずだが!?


 半信半疑で髪を引っ張ると、また頭皮に痛みを感じる。おかしい、おかしいぞ。


 部屋を見渡し、大きな鏡を見つけた。髪を避けて立ち上がり、すぐに鏡の方へ。そして、覗く。



「はぁ!?」



 鏡の中には、見た事のない姿が映し出されていた。動きからして、俺、のはずだ。それなのに、自分とは似ても似つかない人物がそこにいる。よ~く見てもどこにも俺と同じ部分が全く見当たらない。


 黒の短髪だったはずが、腰まであるダークブルーの髪に変わっている。長い前髪をかき上げると、これまた知らない顔が現れる。俺を見つめる瞳は、黒ではなく髪と同じダークブルーの瞳。


 おい、お前誰だよ。


 ぺちぺちと頬を叩いても痛みを感じるし、鏡の中の人物も同じ動きをしている。


 同じ動きをするこの姿は、まさしく俺だという事を証拠づけてしまっている。俺の容姿が変わった、という事か。


 それにしても、この顔だいぶ疲れてないか? 目の下にも濃い隈がある。仕事続きで何度も徹夜したような顔だ。いや、それ以上か。


 だが、どうしてこんな事になってるんだ。


 確か、最後の記憶は……帰宅してカップラーメンを食おうとしていたような。お湯を注いでタイマーをセットした辺りまで覚えてる。じゃあ、その後は……


 その時だった。



 ――鏡の中の俺の目が、赤黒く光った。



 その瞬間、脳内が、身体のいたるところに張り巡らされた神経が、停止したかのように感じた。


 そして、心臓が大きく脈打った。



「ぁ……」



 〝何か〟が雪崩のように勢いよく脳内に流れ込んでくる。


 それはとんでもない質量で、強引にこじ開け入ってくる。頭が割れて引き裂かれているような痛みに襲われた。



「うっ……ぐぅ……」



 立っていられず、激しい眩暈にも襲われ、崩れるかのように膝を付き頭を抱えた。


 駄目だ……もう、入らな……



「ッハァ……ハァ……ハァ……」



 ようやく収まった時には、脱力し前に手を付いていた。汗だろうか、床にぽたぽたと垂れている。


 だが、汗を拭う余裕なんてものはなかった。


 先ほど脳内に入ってきたもの。それは……――記憶。


 それは、この身体(・・・・)の人物の記憶だ。この身体の記憶が、俺の魂に入り込んだような感覚だ。



『――何、褒めてくれただと?』



 記憶を辿ると、鋭く彼に突き刺さっている記憶の一部分が脳内に映し出される。


 これは、幼少時代。



『今の教育係は解雇だ』


『えっ……お、父さま……?』


『出来て当然の事を褒めるなど、甘やかすにもほどがある!!』



 自分は、この由緒正しい公爵家の嫡男。


 将来はこの家の当主となる。


 だから、全て完璧でなければならない。



 記憶を辿れば辿るほど、その言葉が俺の魂を押しつぶそうとしてくる。けれど、一番に感じるもの。身体の奥底に根付いているもの。それは……



 ――孤独。



「はは……まじか」



 この感情がだんだん大きく、侵食してくるかのようにじわじわと伝わってくる。気が付けば、流れていた汗の他に滴るものがあった。


 幼少時代から厳しく接してくる父と母。


 由緒正しく、皇室の血も流れる公爵家の嫡男として生まれたから。それだけの理由で、愛情なんてものは微塵も与えてもらえず育ってきた。


 そして、彼が17歳の時。両親が交通事故でこの世を去る。


 彼は両親の墓の前で……



『……ハハ……ハハハ……アハハハハハハハハハハッ!!』



 涙を流し、天を仰いで高笑いをした。


 言葉では表せない感情が、ぐちゃぐちゃになって、真っ黒に染まり、溢れて流れていく。


 そして、全て流れた頃には心にぽっかりと穴が開いた。



 ――その時だ。彼が壊れたのは。



 何をやるにしても、つまらない。何かをやり始めても、やめてしまう。興味も持てない。


 孤独から、抜け出せない。



『自分は公爵家の嫡男だから』



 そんなもの、馬鹿馬鹿しい。


 もう、自分には必要のないものだ。


 自分を縛りつけるものはもう何もない。


 そのはず、なのに……



 その気持ちが、身体の中で反響するかのように嫌に伝わってくる。


 俺は、一つ深呼吸をし床に腰を下ろした。目の前にある鏡には、記憶に映っている彼の姿。


 目尻に溜まっていた涙が頬に伝ったが、拭く気にはなれなかった。



「はは……散々だな……」



 俺は、彼と同じく25歳。温かい家庭に生まれて、大変ではあったけれど充実した生活を送ることが出来た。


 彼と正反対だ。


 きっと、彼は家族愛というものが欲しかったんだと思う。近くにいたのに、目の前にいたのに、与えてもらえなかった。


 頑張ったな。


 偉いぞ。


 そんな短い言葉すらもらえなかった。


 俺が何気なく沢山もらっていた言葉が。


 子は親を選べない。確かにそうだ。両親からの重圧、重すぎる責任、他人の理不尽な期待。幼い子供には重すぎるものを押し付けられ、そして壊れた。



「……頑張った、な……ダンテ」



 俺の言葉ではきっと届かない。そう分かっていても……言わずにはいられなかった。


 本当に欲しかったものは、もう手に入らない。死人は戻ってこないのだから。


 だが、家族愛じゃないものだってある。


 彼を理解し、そして寄り添ってくれる存在。もし今までにそんな存在が一人でもいたのなら、彼は壊れずに済んだのかもしれない。


 だが、彼の人間関係は散々だ。なら……



「俺くらいは、お前の理解者でいてやってもいいよな」



 そう言い身に付けていたガウンで頬の涙を拭った。


 どうして俺が彼の中に入ってしまったのかは分からない。どうして俺だったのかも。だが、入ってしまったものは仕方ないし、俺が彼にしてやれることだっていくつもある。


 俺は、彼にとって一番の理解者なんだから。


 だから、そんな重苦しい荷物は俺に預けてくれ。



「そうそう、笑顔でいこうぜ!」



 鏡の中の彼に、前髪をかき上げ笑顔を見せた。中身は俺だが、身体は彼のものだ。笑顔になれば気分も上がるってもんだろ。


 けど、顔が整ってるって恐ろしいな。お前、笑ってた方がいいぞ。男の俺でもときめきそうになったくらいだ。


 記憶の中では彼の笑顔は見かけなかったが……お前、笑っていた方がよかったんじゃないか?


 それはさておき。となると、厄介な事が一つある。それは、彼の婚約者であるセピア・ルアニスト侯爵令嬢の事だ。


 それはつい昨日の事。その日は皇室主催のパーティーが開催された。外出を嫌っていた彼も立場というものがありそのパーティーに嫌々参加した。


 だが会場入りした彼を、婚約者である彼女と第二皇子が待ち受けていたのだ。



『ダンテ・ブルフォード公爵。貴方との婚約を破棄させていただきます』



 ざわつく会場の中、彼女がそう言い放った。婚約破棄をし、隣に立つ第二皇子と婚約をすることを宣言したのだ。


 だが、彼はそれに対し……



『いいだろう』



 と、あっさり了承してしまった。頭脳は優秀のくせして不器用にもほどがある。そこは理由を聞かなきゃいけないところだろ。それか、小さくてもいいからリアクションでもした方がよかった。


 そんな彼の態度に、彼女はカチンときたのかこう言い放ってしまった。



『~~~~~~っこの不能男!!』



 と。


 貴族達が集まる会場内で。


 会場に響くほどの大きな声で。


 きっとあの会場にいた全員に聞こえてしまった事だろう。だが彼は、何事もなかったかのように主催者である皇帝陛下と皇后陛下に挨拶をし、さっさと会場を後にしてしまった。


 当然、あの場にいた貴族達はぽかんと口を開けていた事だろうな。


 果たして、あの中で彼女の言葉を信じた者は何人いるだろうか。いや、信じた者は少なからずいるはずだ。


 そんな奴らに「あいつ不能なんだろ?」なんて後ろ指を差されるのは……流石に可哀そうすぎる。


 いや、彼の不器用さは悪く言わない。俺は彼にとっての一番の理解者だ。そう、俺が彼の事を一番よく知っているんだから。


 大丈夫、俺はダンテの味方だ。そう、一番の味方だ。だから後ろ指を差してくる奴は全部俺がへし折ってやる。



「まっ、何とかなるだろ」



 とりあえずひと眠りしよう。さすがにもう限界だ。さっきの事もあるし、そもそも不眠症だったダンテの身体が隈を作るほど疲れ切っていたんだから当たり前だ。


 今後の事は後で考えよう。



「よし、とりあえずお前は休めっ!」



 そう鏡の中の彼に指を差し、腰を上げた。


 じゃあ、おやすみ。


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