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みんなのはなし

ズスギのメッセージ

作者: ゆとうよみ

みんなのどこにでもありそうな日常系ホラーです


2話目は、ズスギのお話

19番

メッセージの通知音が鳴った。

午後9時12分。


内容は、見なくても分かる。


『もうすぐ帰るよ、いま5つ前の駅に着いた』


いつものメッセージだ。


これが、毎晩届く。

毎晩、毎晩、毎晩、毎晩、毎晩、毎晩……。


::::::::::::


ズスギは、1つ年上の夫と職場で知り合って2年の交際を経て結婚した。

交際中も夫婦になってからも、驚くほど穏やかな関係が続いていて「知り合った瞬間から熟年夫婦みたい」と笑われるほど、喧嘩どころか口論のひとつもない。

それでいて、どちらも無理をしているわけでもなくてなんとなく話し合いか、なんとなく折り合ってゆけた。

笑いどころがズレていたり、映画の感想が真逆だったりしても「面白いなぁ」と、そういうところも笑えた。

一緒に暮らして3年目、周囲はなんとなく期待している気がするけれど……子供はまだいいかな?いたらいたで楽しそうだけど……と、ぼんやり話したりもした。

情熱的 というのではないけれど、程よく寄り添って暮らしていける。そんな存在だったと思う。


そうして、4年目を迎えようかという日。

残業が長引いているのを知っていたので、どうしているかな?と時計を見ようとモバイルを手に取ったその瞬間にメッセージが届いた。

『もうすぐ帰るよ、いま5つ前の駅に着いた』

なぜかいつもまちまちでおかしなタイミングで連絡してくるのが、面白くて笑ってしまう。

5駅前って、わかりにくい。

5駅+最寄駅から家までだと、もう少しかかるかな。

もう少ししたら、味噌汁くらいはあたためてあげよう。



しかし、チャイムが鳴ることはなかった。




小さな交差点の、コンビニの灯りから出たあたりで左折してきた車がぶつかったのだという。

飲酒運転でなく動画を見ていたのでなく信号無視でもなく、それでも事故が起きたのだと……原因について調査した結果が知らされたような気もするし、ドライバーかその家族が来たような気もするし、実家の両親や義実家の両親や友人が来てあれこれ話していたような気もするけれど、ずっとモヤがかったような視界と水の中の音のようにぼんやりとしか知覚出来ないままだった。


そうして6ヶ月だか7ヶ月だか経って、まだ薄い闇の中で眠りとも覚醒ともつかぬまま過ごしている。

泣くとか怒るとか、そう出来ればよかったのだろうか。


そして、ズスギ宛には毎日メッセージが届く。

同じ時間。

同じ番号。

同じメッセージ。


事故の後、たくさんの手続きを行った ように思う。

いなくなりましたよ、存在しませんよ、もう帰ってきませんよ と念を押すようにたくさんの紙に何かを書いて、ひたすら言われるがままにハンコをついた。


それでも、あの日と同じようにメッセージが届く。

馴染んだアイコン。

馴染んだ名前。


『もうすぐ帰るよ、いま5つ前の駅に着いた』


午後9時12分。


いっぱいの通知。

毎晩届くメッセージ。

毎晩、毎晩、毎晩、毎晩、毎晩、毎晩……。



ズスギは、通話ボタンを押した。


「じゃあ、ちゃんと帰ってきて」


一方的にそう言うと、通話終了した。



急に、鼻がツンとして視界が歪んだ。


あれ以来、はじめて泣いているのだ。

そう自覚する頃には、寝間着の胸元がすっかり色が変わってしまっていた。

それがおかしくて、今度は楽しくもないのに笑えてきた。

ぐしゃぐしゃの顔のまま、いびつな笑いが面白く思えて、そんな自分にまた笑った。


明日は、久しぶりに誰かに電話でもしてみようか。

ずっとずっと言いたくて言えなかったことを口に出したら、なんだか急にすべてが受け入れられそうな気がして来た。

目の前にあるものが明瞭に見えて、夜なりのざわめきがあちこちから聞こえて、お腹が空いたような喉が渇いたような感覚が戻って、周りのものが現実を伝えてくる。


買ったままに大事にしまい込んでいた金木犀のお茶でも淹れようか。

台所に向かおうと、ソファから立ち上がった瞬間──




──不意に、鳴る筈のないチャイムが鳴った。

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