嘘告に付き合ってみたら、彼女の手のひらの上で俺は踊り続けることになった。
下駄箱に妙な手紙が入っていた。
手紙を読むと放課後に屋上に来てくださいというなんともテンプレな手紙の内容だった。
一番下には『大好きな松本君へ』という言葉が添えられていた。
「嘘告なんだろうな。はぁ、全く酷い悪戯をするもんだ」
普通の男子高校生であれば誤解をする所だぞ。だが俺は違う。現実とのお別れは既に済ませてある。
そんな事が万が一にもあるはずが無いと俺は知っているんだ。夢見る男子高校ではない。
「でも、告白されるという経験はしたことないな。…貴重な体験だし行ってみるのもいいか」
俺は体験イベントに参加するような気持ちで放課後を待ち、屋上に向かった。
屋上への扉を開けると一人の生徒がそこで待っていた。こんな俺に嘘告をするという物好きな人はだれなのだろうかと思ってみると俺はその人物をよく知っていた。
「あれ?……もしかして奥野さん?」
「あ、はい。そうです。私のこと、知ってくれていたんですね」
「いや、だって生徒会役員でしょ?それに成績表の順位にいつも名前があるし。嫌でも覚えますよ」
「でも、松本君が私のことを覚えてくれていた事に私はとても感動しているんです」
「そ、そうなんですか」
な、なんか思ったよりも変というかユニークな人だと思った。
クラスは違うが彼女の人気ぶりは俺の耳にも入ってくる。クラスの青春を謳歌している男子高校生がいつも話しているからな。
「それでこの手紙なのですが…失礼を承知で伺いますが嘘告ですよね?」
「はい、嘘告です。ですが、しっかりと告白はさせて頂きます」
本人の間の前で断言しやがったな。というかこういう事をするようには見えないんだけどな。
誰かに脅されているのだろか?それとも友達付き合いということでやる羽目になっているのか…まぁ、どちらでも構わないな。
「ではそれを念頭に置き、俺は嘘告をされればいいと?」
「はい。そうです」
「……恥ずかしくないんですか?」
「何がでしょうか?人に思いを伝えることは特別に恥ずかしいことではありません。一種のコミュニケーションのようなものですよ」
「そ、そうですね。確かにそう言われれば」
「では、伝えさせて頂きます」
奥野さんは深呼吸をしてから言葉を紡ぎ出した。
「私は松本君をひと目見た時から好きでした。どうして好きなのかは最初はわかりません。ですが、なんとなく松本君が私の視界に入るたびに君の事を目で追うようになっていました」
ベタな流れだな。確かに奥野さんからこんな事を言われたら誰だって本気で彼女の事を好きになってしまうかもしれない。
「目で追うようになり、いつしか常に松本君の事を考えるようになってしました。今、何をしているのだろうか。どこにいるのか、どんな事を考えているのかを考えてしまいます」
妙に思いが強いが……まぁ、そういう女性も中にはいる。だが、奥野さんもそういうタイプなのだろうか。それとも狙って書いているのか。
「なので彼の鞄に私は盗聴器、GPSを忍ばせることにしました。すると、松本君が私と同じ本を買っている事を知ることができたのです。好きな物が同じということを知り、私は更に松本くんのことが大好きになりました」
奥野さんは鞄の中から俺が買った単行本と全く同じやつを出した。
………え?フィクションだよな?流石に偶然の一致だろう。
「それに、松本君の家族はいい人ばかりでした。妹さんは可愛く、お母様とお父様はとてもご理解のある方でした」
「ちょっと待て!家族と会ったの?」
「なんです?まだ、告白の途中なのですけど」
「いや、そうなんだけど…というか告白っていうかこれ報告ですよね!?」
「いえ、私がやって来たことを告白しているので告白ですよ?それに勿論、嘘告です」
嘘告ってこんな感じなのか?
ラノベとかで読んでいるのは理想であって、これがリアルということなのだろうか。
いや、嘘告の理想って何だよ。落ち着け、松本 累。お前は間違っていない、これは奥野さんがおかしい!
「そして気がついたんです」
「な、何を…?」
「松本君に好意を寄せている他の存在がいることを私は知りました」
「え?…いやいや!そんな人いないでしょ」
俺の反応を無視して彼女はまだ話し続ける。
「なので私はそんな泥棒猫どもから松本君を奪われないために今日、告白をすると決めたんです。他の人と幸せそうにしている松本君を見ただけで私はきっと私では無くなってしまう」
奥野さんは鞄から一枚の紙を俺に見せてきた。
それには彼女の名前と俺の親の名前が書かれていた。そして、紙の上には『婚姻届』と書かれていた。
「後は松本君の名前を書いてくだされば終わりです」
「本当に嘘告?」
「はい。嘘告でしたよ?」
「…これは?」
「婚姻届ですけど?」
「……え?どうして俺の親の名前が書かれているんですか?」
「さて?どうしてでしょう。ですが、嬉しそうにサインしてくれましたよ?」
嘘だッ!?そんな事俺には一言も…そう言えば妙に夕飯が豪華な日があったな?その日か!?
「全部、本当じゃないか。ということは盗聴器や発信機も」
「流石にそれは嘘ですわ。本当は偶然に見かけた時に松本君がその本を買っていたのです」
「な、なるほど。じゃあ、家族に会ったのも」
「それは本当ですよ?」
「嘘であって欲しかった」
「これはその時に書いて貰ったものですね」
「……因みにですけどこれは偽物?」
「しっかりと本物ですが?」
「Oh…」
俺はもう何がなんだかわからなくなっていた。奥野さんは俺をどうしたいんだろうか。
「嘘告って何なんですか?」
「嘘が入り混じった告白のことですよね?だから、私は沢山の嘘を散りばめましたわ」
「……因みに俺への好意は嘘ですか?」
俺がそう聞くと奥野さんは婚姻届を俺に渡す。
「それに名前を書いてくださればお答えします」
「いや、それはできな」
「あ、そう言えばご家族に会った時に松本くんの部屋に入ったんですよ。ベッドの下に妙な本があったんですが、あれってご家族の方に」
「…書かせていただきます」
「ふふ、冗談ですよ?そんな酷い事はしません。…まぁ、私には沢山してもいいですけど」
「止めてください。俺が悪かったです」
俺の心はもうボロボロだ。ちょっと好奇心に逆らえずに来てみればこんな神経を磨り減らすような事になるとは思わなかった。
「まぁ、松本君にも私を知ってもらいたいので、それはまだ書かなくてもいいです。でも、他の子に目移りすることは許さないですよ?」
それから俺は奥野さんと付き合うようになった。
彼女は次の日から学校でも俺に様々な事をいう。いちいちそれを真面目に聞いていると俺の心が持たないので話半分で聞いて入るが、他人の視線が物凄く煩い。特に男子諸君…変わりたいか?いつでも来いよ。いつでも変わってくれて構わない。
「ふふふ、松本君は私の言葉にいつも反応してくれるから楽しいです」
「…」
「そういった無反応で対抗してこようとする所も可愛いですね」
今日も俺は彼女の手のひらで踊らされるのだろう。
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