北へ☆
「うちの客に何しとるダラぁ!」
異常を感じて、字余り過ぎ魔法少女おべべオーベイベデンドロビウムエンゼルベビーが奥の間へと駆けつけた。彼女は豚獣人桔梗姫橘の肩を借り、僕の頭上を飛び越え奥の間へと入り、そのまま花言葉不所持魔法少女無患子躯枢柩と対峙する。
「おっと、何もしてないよ。だだ、服を脱がそうとしただけで」
「薔薇の間に挟まる女!」
おべべオーベイベが槌矛を振り、躯枢柩が木製の杖でそれを弾く。魔法少女の武器は、最初に杖、そこから年月を経て各々の望む形へと変わる、と聞いた。なら、目の前の躯枢柩や、僕が憧れたあの人は、杖こそが望む形だったのだろうか。物語の中の偉大な魔法使いのように、杖こそが魔法少女の望む在り方だと。
(メロウどの、今のうちに逃げましょう)
獣人の可聴域でのみ聞こえる音での桔梗からの指示。
そうだ。僕らにはやらなければならない作戦がある。未だ桔梗を追いかけて来ているであろうあの人と、黒龍領主梅鉢千代古をぶつけるのだ。
「やつらが争ってる隙にオフネに乗って逃げるのだブヒ」
(そして膿を全て出しきり、陛下に御返しするのだ)
わざわざ声を2つに分けて言うことだろうか?
内心と外面を生真面目に分けすぎて、自身でも制御出来なくなっているのかも知れない。この人は。
山賊の拠点を抜け谷を下り川へ入る。桔梗が舟の代わりにとブナだかナラだかの木をへし折ってくれたのでそれに跨がって下流へ向かうのだ。枝も落として丁寧に丸太に仕立ててくれたみたいで乗りやすい。桔梗本人が跨がると沈むので、ビート板の様に掴んでバタ足して貰っている。本当に体力絶倫の人だ。
この多苦処谷とかいう地獄めいた土地で流れる川の名前は何だろうか。剃毛して過敏になった肌を、蛆が這い回る幻覚に触れながら川を下っていく。ずっと逃げてばかりだ。お祖父様に命を狙われた時も、憧れたあの人に運命を告げられた時も。いや、とにかく今は北へ向かうのだ。北へ。北……太陽を見上げる。まだ昼前だからあっちが東ってことだよな。あれ、これ北にいかない。この川、東に流れとる。
「ベルちゃん☆遠ざかってる。アチシたち隣国に入っちゃうよこれ」
「もぎゅもぎゅこのドングリ旨っ渋味少なっ」
「下流に行ったら、そこからまたアチシ担いで北へ向かってね☆アチシ言ったからね」
「え、なんて言ったブヒ?川の音で聞こえなーい」
川を流れている間に先程の魔法少女たちのことを考える。頭脳労働も肉体労働も、桔梗の方が遥かに高性能だが、それでも、僕ごときでも、この旅の一助になるはずだ。ならなければならない。
「きれいーなおべべたんーとあるー☆」
まずは、おべべオーベイベ・デンドロビウムエンゼルベビー。黒龍領主梅鉢千代古に仕える魔法少女。噂通りの狂信者。
獣人が人肉を食べるのは葬儀か処刑だ。それも大喪か極刑のような最高位のものだけ。梅鉢千代古を崇拝しているような彼女が、その文化を理解しているはずの彼女が、躊躇わず食べた理由はなんだ?
只人が躊躇わず食人した事の、その驚き方を僕は間違えたのではないか?
獣人の文化が正しく伝わらないくらい長く広く、獣人が黒龍に溶け込んでいる?それとも、親しい獣人が、それこそ梅鉢千代古が、頻繁に人肉を食べている?なら狂信者の彼女は、倣って食べているだろう。普段から。栄養状態の良い肉と悪い肉の違いが分かるくらいには。
元々の作戦では、旧龍帝国内を荒らし回る国際指名手配魔法少女森田千日紅の存在を吹聴し名君梅鉢千代古を動かして足止めする予定だった。あの人は、大量虐殺者の予防的殺人を趣味にしているが、そうでない者には善良な振る舞いをするから。
しかし、相手が人食いの悪徳領主ならば、あの人はさっさと黒龍城を更地にしてしまうだろう。新しい作戦を、時間稼ぎを、考えなければ。しかし、考える。思う。妄想してしまう。
「じたばーたしても」
僕が憧れたあの人は、未来の大量虐殺者の予防的殺人が趣味なのだ。彼女が視て、梅鉢千代古の未来が多くを活かす名君だったならば、目の前で人肉を喫する梅鉢を無視して、僕を、ああ!僕を!
「さらっていくぞー♪」
幻覚が悪化する。川の飛沫が蛆虫へ孵化し這い回り、僕の死骸を食い破る。遠くない将来に迎える末路。
体を掻き毟る。毛のない今の姿では酷い瘡蓋になるだろう。




