Lord Runner
「メロウ。魔法少女になりなさい」
今から一年ほど前。父とあの人の密談を覗き見てから数日した頃のこと、父の呼び出しを受けて件の執務室へと向かえば、頓狂な事を言われた。
「服装や口調、趣味嗜好も変えていこう。見ておくれ、さっそく数着取り寄せたんだ。魔法少女なりきりセット。凄いぞこれは。縫製もしっかりしているしモデルとなった魔法少女にちなんだ短歌がタグに記載されていて没入感がな。なになに、『どうせ みな 口だけ』梔子朽果。ふむ、自由律が過ぎるな」
どうやらこの提案、魔法少女になって徳を積み虐殺者になる将来を回避する、つもりではなく。あの人の未来視は魔法少女には効きにくい、という事を漏れ聞いた獣人魔法少女キキキ氏が、未来を不明瞭にすることで処刑の判断を遅らせる、というブラボーな彌縫策を献じてくれた事で発案されたらしい。魔法少女の梔子某の短歌が染みるよ。みな朽ち果てろ。
「父上、男は魔法少女になれませんよ」
「メロウ。君の可能性は∞だ」
神のごとき力を持つあの人に、死神よろしく余命宣告されたというのに、父は僕が運命を覆すと信じて疑わなかった。その曇りのない目が眩しい。父は僕の、母親似の黄色い目を好きでいてくれたが、
「この世のあらゆるものは魔法少女になる可能性を秘めているんだそうだ。遍在とか一切衆生悉有魔少とか言うらしい。つい最近、どこかの獣人が定義した概念なのだと。メロウ。偉大な血をひく子よ。お前なら魔法少女になれる」
「偏在と一切衆生悉有魔性が魔法少女になる秘訣ってアチシ聞いたんだケド。そこん所どーなのベルフラウおじ」
「ん?何か何かオデが聞いたのと違う気がするブヒな。それ誰が言ってたブヒ」
「アチシのパパ上」
「ほな合ってるブヒか。邪悪な魔法少女からたった1日で領地を奪い返した英明な女郎花の新領主が間違ったこというハズないブヒ」
「アチシ、みんなの偶像だから偏見を持つの不可能だけど、」
「いや多分素質あるブヒが」
「慰めアリガト。でも異教の復興はイケると思うんダ。何しろほら、アチシ古い家系デショ☆だから獣人の歴史トカ教えてよ。魔法少女になるヒントあるかも」
「ふむ。この頃流行りのカガク的思考と魔法少女は致命的に相性が悪いブヒが、確かにハイエナ葬ぐらいの古い教えなら、魔法少女のヒントがあるやも?」
「じゃあじゃあ、獣人の歴史教えテ☆難民獣人の第2世代だからそこら辺の教育デリケートだったんだよネ」
時間がなかったのもあるのだろう。獣人の国に根付いた文化習俗などでなく、獣人本来の役割としてその性能についてばかりを母親から歪に学んだ。古い古い家系であるが故に。その他は、人間らしい機微などは些事とばかりに。
「吝かではないが、オデたち、今ナニしてると思ってるブヒ?」
「全力で逃走!」
「正解ブヒ!しかもオデがオヌシ担いでね!しゃべってるヒマあったら自分で走って欲しいブヒ!」
「余裕そうだからつい☆」
試していたのがバレたか?放熱板も身に付けず、よくもまあ夜通し走れるものだ、と感心する。体毛が少ないタイプの獣人の特徴なのか、それともこの人が特殊なのか。両方か。この豚獣人らしからぬ知能は稀に生まれる強化個体ではないのか。忌まわしき先祖返りの。知能。知恵。あればあるだけ良いわけではないんだな。余計な事ばかりに意識が向く。
この醜い恩人に無礼な内心を知られるわけにはいかない。
「朝には黒龍領に入るから、それまで寝ててブヒ!」
俵担ぎされて眠れるものか、とも思ったが、言うことを聞いて目を瞑る。
僕のことなど見捨てて、あるいは囮にしても良いものを、このいっとう醜き豚獣人桔梗姫橘はあの人に命を狙われてる者同士だからと、こうして拾い上げて、一緒に逃げてくれているのだ。
今よりずっと小さい頃、両親におぶわれていた記憶を呼び起こし、無理やり穏やかな気持ちになって眠りにつく。恋しくて疎ましいよ。黒龍と言えば立派な要港があると聞く。久しぶりに海が見たかった。




