僕と魔王
七草に 押しも押されぬ 女郎花 婀娜な色目に わたし女郎々々
換毛期と変声期が被って最悪な気分だ。
家出を決意する何日か前、ハイエナ獣人に換毛期なんてあるのか?と例の、父親みたいな母親に聞いたら
「知らね。先祖返りとかじゃねぇの?」
「……ぇー」
とご自慢の低音ボイスでお返事頂いたことを思い出した。蒸留酒を瓶のまま呷る姿は様になっていたけれど、憧れはしなかった。
毛を毟っては唸り、このカサついた声にうんざりして、雨を避けて大きな木のウロの、なるべく奥へ。体の半分が隠れるだけでも、少しは寒さが和らぐ。
先祖返り、先祖返りか、僕はお祖父様に良く似ているそうだからな。
あの日、母親と一緒に匿われていたダンジョンの奥深くから救いだしてくれたあの人。あの夜、何もかもを圧倒しお祖父様を降したあの人が、葬儀の場から抜け領主館へと入って行くのを、憧れと好奇心から後を尾けた。領主用の執務室を覗けば、父とあの人が、
「猶予はいつまでだ。我が子が虐殺者になるという、その兆しはいつ」
「さあ?確信したら殺すよ。それまでかな、猶予」
「……ぅぇー」
僕を殺す殺さないの算段をしていた。
嗚呼、キュリオシティ・キルド・キャットとは母親の生徒の名前であったか。勝手に憧れていた人に機械的に殺される予定であることを知ってしまった。あの人は、衆生の救世主であって、僕の救世主ではなかったのだ。
「ぁぉぃぅぇー、あおいうえーっ」
枯れ葉のざわめきか何かと思っていたけれど、人の声だなこれは。誰だよ結構な雨の中で発声だか滑舌だかの練習してるやつは。
「あおいうえ!母音・女郎花!久しいな!息災か」
古い柳の幹みたいな、捻れひび割れた見た目な獣人が、木のウロで露営している僕を見下ろしていた。この不細工な獣人は発声練習じゃなく、名前を呼んでいるつもりだったらしい。
「おじさんが誰か知らないケド、人違いだよ☆アチシ、メロウ・マダラ=オミナエシ」
アオイウエ、聞いたことのない名だ。この獣人は、遠戚の誰かの縁者、なのだろうか。
「ああ、匂いが余りにも似ていて。これは失礼した。アオイウエは、母音・女郎花、あなたの祖父君の稚児名なのです」
お祖父様の知り合いか。それも相当昔の、おそらくは尾長帝国の人質時代の。そうか。臭いまで似ているのか。僕は。
「しかし、あの英雄と瓜二つですな。将来が楽しみだ」
「え、顔も似てるの?アチシ、ガッコーじゃ男子からも告られるんだケド」
「顔立ちも格好も何もかも良く似ておいでじゃ。主上…龍帝陛下に良く着せられていたからな。そういう魔法少女コスチューム」
嗚呼、父よ。あなたの対策は悉く裏目に出そうです。足掻けば足掻く程、お祖父様に近づいて行く。
「おっと、申し遅れた。私、ゴホンッ。オデは桔梗姫橘。龍帝弑逆の人非人にして金華城主だブヒ。まあ去年、金華城は魔法少女に更地にされちゃたから今はただの浮浪者ブヒ。影武者いっぱい作って逃げ延びてやったブヒヒ」
急に口調が狂い出したが、それよりももっと気になる言葉が出てきたので無視する。金華といえば元々は龍帝のお膝元。そんな土地の巨城を更地にした魔法少女がいる。そんなこと、並みの魔法少女では不可能だ。物理的にも精神的にも圧倒的な人でなければ。人でなしで、人非人でなければ。
「もしかして、泥みたいな目付きだったカナ?」
「更地にしたメスブタのこと聞いてるブヒ?そう!沼田打ちにも使えない汚泥だったブヒ!」
嗚呼、嗚呼、何もかも裏目に出る。
「桔梗様、あなたが再起も企図せず未だ無位無官の無宿人なのは」
「然様です女郎花の御曹司。実は未だに追われてまして。魔法少女の規格、把握しているつもりでしたが、いゃあ、あの方は格が違いました。彼女、昨日この土地に入ったようで、こうして逃げている所なのですよ」
あの人に殺される恐怖から故郷を離れたのに。
胸を掻き毟り、掠れ声で呻く。変わっていく自分の体も虫が湧く木の下も今日のお天気も、何もかもに裏切られてる気分だ。




