乙女と千日紅
冒険者互助会の酒場で麦酒を飲む。薄く発酵したこれは栄養補給しやすく、余りお腹が空かず体の丈夫でない私には助かるご当地の飲み物だ。名残惜しい。もうしばらくこの地域で活動してたい。
「師匠!お口ふきふきしますね」
ああ、でもこの弟子志願からは離れたいかな。
「乙女ちゃん。やめておくれ。痛っ。その布がさがさっ」
弟子気取りの子は五月女乙女と名乗った。行商のお爺ちゃんを手伝った時に知り合った《魔法少女》だ。まだ成り立ての新人らしく、私の魔法をみて感動したとかで、弟子に志願してきた。
ここ数日、何度断ってもこうして師匠師匠と迫って来る彼女の存在は、本当はちょっと嬉しかったのだが、仕方ない。
弟子にしない理由を適当にはぐらかしてきたが、いい加減正直に言わなければ。
「乙女ちゃん。これ、持ってるよね」
テーブルの上に薄い本を出す。《魔法少女》の証。《契約の魔道書》と呼ばれるそれを。
「あ、は、はい!えーと、えい!」
気合いと共に乙女ちゃんが本を出した。本当に成り立てで、手慣れて無いのが伝わる。……師匠には成れないが、最低限の親切くらいはすべきか。
「そのままだと、こじんじょうほう?筒抜けになるから、上のギザギザしてるやつ、そうそこ押して、なんか、ぷらいばしーほごって項目あるから」
「あ、ええと、あ、多分これですね。歯車の。あ、パラメータもレポートも非表示に。へぇ。防犯意識が高い。図鑑も地図もあるし、これ1本で研究出来るのですね」
何か知らない言葉がいっぱい出てきたが、自分の本を開いて乙女ちゃんに見せる。ただでさえ物理的に薄いのに、内容も薄い私の本を。
「あ、師匠のお名前、千日紅さんとおっしゃるのですね!改めてよろしくお願いいたします。千日紅師匠」
名前と師匠呼び。そしてキラキラした目!こそばゆい。彼女は成り立てほやほやの魔法少女、気づいてないのだ。自分の恥部を自分で説明しなければならないか。
「名前はいいよ。ページの下を見て」
この《契約の魔道書》は魔法少女の証、身分証明書なのだ。偉大な精霊と契約した心清き乙女の証、と世間では持て囃される。
「あれ、師匠のと、私のとで違いますね。ほら、これ」
「ば、記章が2個」
思わず呻く。私の本では空白の部分に、乙女ちゃんの方には記章と俗称される紋様が2つ、表示されていた。
「これはね、魔法少女の、凄さの証明みたいなものなんだよ。君は記章が2個だから二階級の魔法少女。私は0個だから無級。そこそこ魔法少女やってたのに、無級。全然大したことのない魔法少女なんだよ」
自分で言うハメになるとは!屈辱だが仕方ない。もし弟子にしたところで、その内バレてがっかりさせるくらいなら、最初から伝えたほうがこっちのダメージが小さい。
「そんなことありません!千日紅師匠は偉大な魔法少女です!」
「くうっ、眩しい!」
流石は成り立てで2階級の評価を得る魔法少女。善良で純粋だから、世間的な地位が下だとか上だとかで人を判断しないのだ!
(しかし、乙女ちゃんは見たところ同年代の少女。初心者でも1階級だろうと予想していたが、まさか2階級とは。仮に同い年として2階級、居なくはないが)
それは幼い頃から魔法少女として活動してきた子である場合がほとんどだ。余程才能があるのだろう。もしかしたら……
「え、あれ?変わってる」
自分の《契約の魔道書》の表紙を見返して何やら戸惑う乙女ちゃん。ああ、それか。
「この《契約書》、日記っていうか私たちの人生の記録でもあるからね。個々人の思想信条、趣味嗜好で装丁が変わるんだ。表紙には確か、今までの人生で一番美しいと思ったものが描かれるらしいよ」
「あ、じゃあこれって……うわぁ」
何かに得心いって、顔を真っ赤にする乙女ちゃん。彼女の表紙を覗く。
ふむ。青い、宝石かな?キラキラと輝く青い宝石が表紙の真ん中に描かれている。そういえば行商のお爺ちゃんが扱っていたな。その時に見惚れたのか。女の子としては宝石ってオーソドックスな綺麗なものだと思うけど。
彼女は変わった、と言っていた。この性格だから、前はプライスレスなお花畑とかが表紙だったのだろう。それが換金可能な側面もある宝石に変わったから、自分が即物的な人間になったことを恥じているのかも。
多感だねぇ。でもそれは堕落ではなく成長だと思うぜ。
「み、みないでくださぃ」
「ごめんごめん。お返しに私のも見ていいよ」
私の表紙を彼女に向けて差し出す。荒野に昇る夕日。橙のように真ん丸の。
「それ」
「綺麗でしょう」
「ええ、でも。何か、怖いです」
へえ。
勘が良いのかな?賛同や、無関心は数多くあったけれど、怖い、と言った子は少ない。とてもとても少なかったな。
「うん。うん。わかったよ。私のことを、偉大だと、そこまで言ってくれるなら、私も腹を括る。よろしくね。乙女ちゃん」
「え、わ、本当ですか!?わぁい。よろしくお願いいたします。千日紅師匠」
熱意に負けたフリをして彼女の弟子入りを許可する。実際は、私の抱えた問題を彼女なら解決してくれるかもしれない、という打算から彼女を弟子にした。
「早速だけどダンジョンに潜ろうか。欲しいものがあるんだ」




