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オトメチカ  作者: 感 嘆詩
第1章 千日紅
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復讐者と無窮魔法少女

 ハーピィ007の融合が解け、盲目の少女と、一羽のモンスターに別れる。《使い魔の魔女》が得意だった、人魔憑依(トランス)の魔法だ。

 魔法少女と違い、魔女は弟子を取り、自身の魔法をある程度伝授することが出来る。この人魔憑依(トランス)によって弟子たちを人面の魔物に偽装することで、己を《使い魔の魔法少女》と嘯くのが、あれの常套手段であった。

 ハーピィ007だった少女やその孤児仲間たちの場合は、鳥獣人と出自を偽り、獣人国内へ傭兵として出荷されたのだ。


 獣人冒険者たちや御曹司の妻子とダンジョンを脱出した後に面会した時、ハーピィ007は身を挺して護国に貢献した同胞、として手厚く看病されていた。その両目以外も傷だらけで、一戦も出来なさそうな状態だったが、彼女はやる、と言った。



「もし、旅のお方。我が国は、我が国は勝ちましたか?」



 本来の出自が根なし草だろうと、秘密を共有する子供たちが全員死んでいようと、共に戦ってきた彼女にとって、獣人たちは大切な故国、仲間に、なっていたのだ。



「勝ったよ。これでみんな、お腹いっぱい食べられるよ」


「ああ、それは、困りましたね。太ると飛べなくなっちゃうや」



 まあ、嘘だ。確かに領主様は弾圧してたけど、それと獣人たちの国が内乱でめたくそになっているのとは別問題だからだ。まだ、死んでこそいないが、既に朦朧としてきた彼女に良い夢を見せてあげたかったのだ。



「なるほど。鳥獣人の、略奪部隊を、騙し討ちした事が、ある。彼女たちは、人間だった、わけか」



「逆恨みでも恨みは恨み。搦め手どころか決め手になったね。正直、助かった」



 領主様、真っ当に強すぎたね。狂ってくると主観も歪んでくるから、剣術の類いも支離滅裂になりがちなんだけど。全盛期はもっと強かったのかな。やっぱり、枯れ始めてから摘むのが、ベストでないにしてもベターなのだなぁ。



「さあ、辞世の句とかある?カッコいいの残しといてよ。お上の心証が良くなるようなやつね」



 何しろ、一回盗ってから返さなきゃいけないから、前領主様には立派な最後を遂げてもらわないと。



「君に、何のメリットがあるんだい?特区内ですら許容出来なくなっていたんだよ。これから更に、難民はやってくる。ここは、獣人たちに乗っ取られ、只人は奴隷になるだろう」



 ああ、これはいけないな。



「素直じゃないよ前領主様。その捻れかたのせいで、今あなたはこうなってるんだよ」



 可哀想だから、せめて、最後ぐらい肩の荷を降ろして楽にしてあげよう。



「私、《未来視の魔女》と呼ばれているけれど、あ、一般には知られていないから呼ばれてないんだけど、別に魔法事態は、未来視しか出来ない訳じゃないんだぜ」



 過去視。物や空間の過去の光景。人の記憶の中の思い出。そういうのも視れるのだ。

 この場合、《視る》というよりは《覗く》に近い。魔女の魔法によって、前領主様の心に踏み込む。

 私の足が裏門前の土を踏み、前領主の心を踏み、獣人国の路を踏む。履きなれた長靴から、男物の革サンダルへ。着古した麻布から、質素だが生地も仕立ても良い毛織物へ。

 少年時代の、人質時代の前領主様を追体験する。


「危急の時の人質役、だったとしても、往時では他所の貴族の子女だ。だから当然、高等教育を受けさせる義務が獣人の国にはあった」



 どこの国や領地同士でもそうだろう。一流の自負があるなら尚更、格下に舐められるような《もてなし》はしない。多少、自分たち寄りに思想教育くらいするだろうが。



「あなたの過去の統治を見れば、獣人の国時代の教師が優秀だったことは間違いないね。ああ、唯一瑕疵があったとすれば」



 文化の違いか。獣人の国では、少年同士の熱心な交流を強く推奨していたことくらいか。



「西方の人間たちの間では、宗教的理由でとてもタブーなことをいっぱいしたね。いや、東方では推奨している国はけっこうあったよ。股肱の臣って言うじゃない?子ども頃からなかよししてると、お互いに篤い信頼が生まれるみたいだね」



 別に悪いことでもなかったのに。郷に入りては郷に従え。それに、物心ついてから過ごした年月は、獣人の国での方が長かったし。みんな普通にしてたじゃない。

 領地継いでからも、向こうの王様、当時は王子様との交流があったお陰で凄くスムーズに貿易も出来た。

 誰もが得した素晴らしい青春時代だったね。



「おかしくなったのは、あの頃からだ」



 そう、あの輝かしい青春時代から20余年。現在から数えて10年近く前の、御曹司(息子)ハイエナ葬の巫女(義娘)の結婚までの一連の騒動。


「輝かしき最先端の大国。他国の貴族を留学扱いの人質に出来るほどだったあの獣人の国も今や昔。荒みキナ臭くなっていた頃に招いたのがあのハイエナ獣人の少女だった。数年したら、二人は恋仲になっていた」



 まあ、二人の事は都合がよかった。自国内の融和派は勿論賛成。反対派は、かつて獣人に蹂躙された記憶が残る土地の連中は、軒並み代替わりしていて、自分がほとんど唯一の戦争経験者。獣人の国で捕虜生活の長かった自分が息子夫婦の結婚を認める。称賛こそあれ非難されることなどないと読みきった。

 息子の結婚によるメリット、そこまでは計算していた。けれど誤算だったのは



「想定以上に、他所の人間は獣人のことをちっともわかっちゃいなかった。性差の少ない獣人は多い。特にハイエナなんかは。だから同性の結婚と思われた」



 私も、男の人かと間違えたしね。まあ《覗いた》かぎり、ケモ奈さんはわかりづらいのを利用して男装してたし尚更。



「でも、評価は想定より更に上がった」



 亡国状態の獣人の有力者を、なるべく安く買い叩いて内側に取り込みたい。が、後々外戚として乗っ取られるリスクは避けたい。そういう層に、獣人の同性との結婚、という選択肢は絶賛されたね。


 宗教的にタブーだったのも過去の話。当時は弱小だった人間は、思想を統制しないと簡単に人が減って国が滅ぶから已む無く、教えの中で禁止したのだ。

 痩せた土地の国では多いからね、宗教による結婚や食料生産のタブー。前領主様の世代の頑張りによって文化的にも豊かになったからこその結果だね。


 元々獣人の間であった聖夫制度から取って、ケモ奈による聖夫、または啓蒙による聖夫制度の導入、から名付けてケモ聖夫、とこの国の人間から呼ばれている一連のムーブメントは、この前領主様にとっては追い風になった。選択を誤らなければ。



「選択だと?」


「あの若者だよ。獣人の若者を、手を尽くして助けてあげてたでしょ。あの時さ、」



 だってあなた、息子が結婚するまでは公明正大だったじゃないか。だったのに。あの時も、獣人を貶めるために虚偽の告発をした人間に厳罰を与えていたよね。感謝していたね彼。泣きながら握手までしてきて。逞しい手。まだ鬣も生え揃ってない獅子の獣人の若者。差しだせるものなど何もない彼は、あなたに



「やめろ」


「一晩明かして冷静に、いや、興奮してしまったあなたは彼を殺してしまった」


「酩酊していたんだ。そう仕組まれていた。私に取り入る罠だったのだ」


「お前は楽しかったんだよ。楽しんでいたよ。どんなに取り繕っても駄目さ。それを否定するためにこうして虐殺してしまった」



 乱行、大いにけっこうじゃないか。むしろもっと、何人とも楽しむべきだった。それで息子夫婦や自分とこの王様に窘められでもすれば、後々、義娘を旗頭にして切り取る予定の、獣人の領地への警戒も緩んだろうさ。ああ、あの鉄血領主も人らしい所があるのだな、ってさ。そんで、お詫びにと、取りすぎた領地の何割かを王様にお召しあげすれば、それで済んだのだ。誰もが得した素晴らしい晩年になったのに。



「老いたのだ。昔のお前のままだったなら、それくらいやってた。今は、領地にも、家族にも、自分にも不実を働いている」


「やめてくれ私を誘惑するな!魔女め!」


「そうだが?」



 魔女なんだが。そもそも、誘惑なんてしてないよ。もう終わった話だ。全部。ごめんね。さすがに10年前は私も、小さかったからさ。前領主様を助けてあげられなかったんだ。一言さ、別に良いじゃんって、この地に来て言えたら良かったんだけど。



「私は、せめて死ぬ前に、お前に素直になって欲しかっただけなんだ。だってほら」


「この国の教えの中で死んだら、彼らに会えないよ」



 内乱で死んだ、獣人の国の王様とか、二度目の青春に付き合ってくれた、素敵な若者とかに。

 せめて納得のいく死を、なるべくして欲しいからね。



「だからほら、獣人の古式に則ってハイエナ葬をしてあげようと思ってね。連れてきてあげたよ義娘(むすめ)をね」



 旦那さんを救いだしたのであろうケモ奈さんが、ハーピィ007の鬨の声でも聞き付けていたのか、裏門前までやってきた。せっかくだ。事前にお願いしておいた事を実行してもらうのが良いだろう。


 ハイエナ葬は、鳥葬の変形のようなものだ。死者を禽獣に食わせ、自然に帰す、そして魂は巡る、という死生観。腐肉食に強い耐性を持つハイエナ獣人が請け負った、獣人の国の古い宗教。



「暗殺されかけたはずの義理の娘が、位だけなら王より高い貴種が、あなたを食べる。獣人の最大限のもてなしだ。きっと何か、今回の騒動にはやんごとない理由があったのだろう、と解釈してくれるよ。雄弁は銀、沈黙は金ならば、黙食は白金だね。ははは。死者らしく、口を開けたまま黙して喰われろ。死神(ハデス)のように、大口開けて黙って食え」

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