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「粗茶ですが」

「いただこう」


 私は全身の痛みを意識しながら、目黒がたてた抹茶を飲むオボロの様子をじっと見つめる。

 その飲みっぷりは豪快の一言につきる。


 私の全身を苛む痛みは、同時に私に安心感を与えてくれる。目黒と加藤先輩がおもてなしの準備をする横で、ユニークスキル『不運(ハードラック)』の能力で前借りした不幸。短時間で前借りしたそれは、これまでで最大限の苦痛と屈辱だった。


 ──しかし、いまこそ、最大限の幸運が必要な局面。眼の御方が作ってくれたこの機会。絶対に失敗できないのだから。


 目黒が次にたてた抹茶をばっちゃんへ。こちらは作法通りの所作だ。


「はじめて飲み物とやらを飲んだが、悪くない。僅かな苦味が引き立てる高い香りは、生命の調和を思わせる」

「恐縮です」

「うむ。御主人殿の隣人は善きもののようだ。御主人殿が心砕かれるのもむべなるかな」


 オボロが誰ともなく呟く。

 私はその言動をみて、おやっと思う。


 クロから聞いていたイメージとは随分と異なる気がしたのだ。


 ──クロの体を使用して受肉したから生じた変化? それとも特にクロに対して厳しいの?


 なんとなく私は後者なのかと思う。先の三つのスタンピードを終結させた際もオボロは現地で独自に防衛に当たっていた探索者たちを助けていた節がある。


 ──よくも悪くもユウト君の潜在的な感情が反映されている、の? だとすると……


 そこまで考えたところで、状況に変化が生じる。


「さて、ごちそうになった。我は──」


 席を立とうとするオボロ。

 私は彼女を引き留めようと慌てて立ち上がりかけたとこで、足がもつれる。

 蓄積したダメージが足に来ていたようだ。


 倒れ込みかけたところをふわりと抱き止められる。


「大丈夫か」

「も、申し訳ありません」


 見下ろしてくる、ユウト君に似た瞳。

 背中に回された腕はふんわりと柔らかく、しかし芯の強さを感じさせるもの。そしてなぜか片手をきゅっと握られている。手のひらに感じる、滑らかな肌触り。


 一瞬の時が、なぜかとても長く感じられる。


 その長く感じられた時が、あっという間に過ぎる。私のその手を優しく引っ張るようして、オボロが立たせてくれる。


「あ、ありがとう」

「気にするでない。傷だらけの者を見過ごせなかっただけのこと。その傷、どれも貴女の覚悟の現れとお見受けした。名を伺っても?」

「緑川円、です」

「円殿か。よしなに」

「はい」

「それでは我は自らの勤めを果たしにゆくのでな。失礼する」


 くるりと背を向けるオボロ。

 その、烏の濡れ羽色の背中から漂う決意。そしてどこか哀しみが伝わってくる。


「オボロさん!」

「なんだ、円殿」

「それを、私たちにもお手伝いさせてください!」


 私は気がつけば思わず何も考えず、ただ感情のままにそう、叫んでいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ハードラックは許容超えると痛みまでいくのか… [気になる点] あらら? [一言] ばっちゃは無事なのだろうか…
[良い点] ばっちゃんがヒロイン
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