変わりゆく世界
「次のニュースです。一週間前に47箇所で同時多発的に発生したスタンピード、通称、47は、全国43都道府県、全てで発生し、今もなお鎮圧の目処が立っておりません。ヨンナナ発生時の首都を中心とした人口密集地の防衛を最優先した政府の対応についても、非難の声が上がっております。スタンピードの完全鎮圧が確認されたのは僅か13行政区だけであり、現在も30の県では被害者が増加の一途を……」
俺はつけっぱなしにしていた自室のテレビを消す。
お祭りから避難していた時から漠然と感じていた不安。それはより身近になって俺のもとへも届いていた。
幸いなことに俺の住む県は、たまたま早期にスタンピードが鎮圧され、全国でもまれに見るほど被害が少なかった、らしい。
ただ、死傷者は当然いたし、何よりも早川の父親がそこへ含まれてしまっていた。
警察に先に早川を家まで送り届けてもらって、見届けたのだが、そこで早川と早川のお母さんが話すのが漏れ聞こえてしまった。
あの時の早川の表情を、俺はこの先忘れられない気がする。
緊急時という事で高校も臨時休校になってしまい、あれ以来早川とは会っていない。
というか、買い物以外、ほぼ家にこもっているような状況だ。その買い物も物流の混乱でままならない──
ピンポーン。
「はーい! あ、緑川さん」
「こんにちは、ユウト君。食事は大丈夫?」
「ええ、もちろんです。というか、いつも物資を頂いてしまってすいません」
お隣の緑川さんだ。ここ数日は毎日のように食料や生活必需品を分けてくれていたのだ。
「いいのいいの、助け合いでしょ?」
「はい。というか、本当にいいんですか? うちはいくらでも持っていってもらって構わないですけど」
緑川さんには逆に俺の庭にあるものを色々と引き取ってもらっていた。詳しいやり取りはなぜかクロが間に入っていて、完全にお任せになっている。
──ガスとか水道が止まった時に備えて、焚き付け用に枯れ枝とか、庭の池の水をって、クロは言ってたけど。多分俺が貰ってばかりで気に病まないようにっていう建前、だろうな。なんか逆に庭を掃除して貰っているみたいで恐縮だし……
俺がそんな事を考えていると、当のクロがやってくる。
「ユウト様はそちらを冷蔵庫にお願いしますね」
にっこりと笑顔で、告げるクロのホログラム。人間と全く遜色ないその笑顔からは、さっさとお願いしますねという、圧を感じるぐらいだ。そしてなぜか俺と緑川さんの間にそのホログラムの体を割り込ませてくる。
緑川さんも明らかに笑顔をひきつらせて、じりじりと後退している。
「はーい」
俺は軽く返事をするともらったばかりの食料をもってその場を退散する。
──クロ、こんなんだったか? なぜか俺のこともいくら言ってもユウト様って呼ぶし。
俺は大きめのあくびをこぼす。ここ最近はいつもに増して眠気がひどい。
ヨンナナ以降は特にだ。
緑川さんも帰ってしまったようで、自分の部屋に戻る。
その時だった。スマホが振動する。画面を見ると、早川からの着信だった。
「はい、もしもし──うん。久しぶり──ああ、うん。もちろん行くよ──うんうん」
俺は話しながら机に置いたままのパクックマの仮面を眺める。夏祭りで買った、早川とお揃いの仮面。あの日は結局、俺だけがずっと頭の横につけたままだった。
早川からの電話が終わる。
早川のお父さんの葬儀と告別式の日程が決まったという連絡だった。ユウトには直接話したくて、と電話越しに聞こえた早川の声は元気そうに聞こえたけど、どこか虚ろだった。
──眠い。本当に眠たい。このまま寝てしまいそうだ。
俺はぼーっと机の上のパクックマの仮面に手を伸ばす。どうして自分でもこんなことをしているのかはよくわからない。ただ、なんとなくだった。
そのままそっと自分の顔にパクックマの仮面を当てる。
ふっと、意識が途絶えた。
◆◇
「次のニュースです。──速報です。本日の深夜から未明にかけて猛威を奮っていたヨンナナのうち三ヶ所のスタンピードが突然終結いたしました。こちら三ヶ所は同じ地方での隣接する県です。それぞれのスタンピードの主の討伐によるものと思われますが討伐者は不明。政府は未だ公式見解を発表しておりません。繰り返しお伝えいたします──」
──うるさいなぁ。あれ、テレビ消さなかったっけ?
俺は眠い目を擦りながらいつの間にか入っていたベッドから体を起こす。
「お腹、空いたな。あれ、いま何時?」
ぐーっとお腹の音が鳴った。
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