後始末の始まり
「お、ハードラックの姉御。無事だったか」
「タロマロさん。名字でお願いしますね」
笑顔の緑川。ただその手だけがニギニギしている。まるでなにかを握りつぶすかのような仕草。
「はいはい、緑川。で、ダンジョンボスの撃破は緑川か?」
「ということは、タロマロさんでもないんですね」
ダンジョンボスが撃破されたことによるダンジョンの消失。それによって、かつて赤8ダンジョンだった廃病院があった場所はだだっ広い広場となっていた。
ダンジョンが消失すると中にいたそのダンジョンに属さない存在は、強制的にその跡地へと移動させられる。そうして転移してきた俺は、たまたますぐ近くに同じように転移した緑川へ声をかけたところだった。
「赤8ダンジョンは存在進化で、俺の体感だが青相当まで急速に難化したはずだ」
「ええ、奇遇ですね。私も同じ意見です」
「青と言えば上から三つ目の難度だ。そこのダンジョンボスと言えば俺でも一人で倒すのは相当骨がおれる。腕の一つや二つは犠牲覚悟だな」
「最大限の準備があれば、私は一人で腕を失くさずに殺れますよ」
得意気に緑川がマウントをとってくる。俺もユニークスキルを最大限活用する緑川の実力は認めている。探索者時代はそれゆえの、『姉御』呼びだったのだ。
「ふん。じゃあやっぱり姉御と呼ぶぞ」
「……失礼しました」
素直に頭を下げる緑川。
そんな俺たちの周囲を、ふわふわと真っ白な光がいくつも足元から上空へと上っている。
この光はダンジョン消失時特有の現象だ。俺はこの光景に何度か立ち会ったことがあるが、いつ見ても幻想的だ。
「まあ、なんだ。このタイミングで他に高ランカー探索者は赤8に潜っていたのか?」
「いえ。私たち以外だと一番上で回下印さんですね」
「チームで潜っていたとしても存在進化でバラけるはず。そしてあいつはソロ討伐は向いてない。だとすると、討伐のタイミング的に違うな。存在進化からほぼ間をおかずに討伐されたからな」
「でしょうね」
そこで同じ結論に達した俺たちは、二人して大きくため息をつく。
「ユウトだな」「ユウトくんね」
俺たち二人の口から同時に同じ名が上がる。
「対策なんて立てられないぞ、どうする?」
「万が一の奇跡が起きていて、無自覚でいてくれたままなのを祈りつつ。ダメなら死ぬ気で誤魔化しましょう」
「それしかないな」
そう言って俺は緑川の背後を指差す。
そこにちょうど話題の主のユウトと、その隣には早川がいた。二人はこちらへ向かって大きく手を振っていた。