感謝と羞恥
「──クロ、か」
そう呟いた声がおかしい。
気がつけば、シユの体が、どこか変だった。
目線が前より高くなった気がする。
──体が、大きくなってる?
「はい、ユウト様。ただいま参りました」
「それは、生身の、方?」
声まで出しづらい。
ふと、シユの喉を触ろうと持ち上げた手が、変だった。まるで、魔素そのもののように揺蕩い、形が保たれていない。
まるで、すべてのダークコボルド達の母にしてカラドボルグの妻たる『闇』のようだった。
「さようです。ユウト様に対する長らくのご不義、誠に申し訳ございませんでした」
「いい……クロの気遣いに、感謝、する。それより、渡した──」
俺の脳裏を、クロと共に過ごした日々が過ぎていく。
今にして思えば、クロも生まれたばかりで何もわからないままに、俺のためを思って必死に頑張ってくれていたのだと、理解できる。
ただ、その感謝の言葉すら、形を失いつつあるシユの体では伝えにくくなり始めていた。
「は、授かりました新聞紙ソードですが、一度我が腹にて宿し、新たに刀として産み落としました。いまは、オボロが」
「オボロさん……ああ、そうか。彼女は、俺か」
フッと、その事も理解してしまう。夢かと思っていたことは、どうやら夢ではなかったようだ。彼女にも、俺の負の思いを押し付けるような形で生み出してしまったことが急に申し訳なくなる。
「おそれ多くも、その通りでございます。ただいま呼び寄せます。イサイサ、加藤、お願い」
そう、クロが口にしたときだった。
妄言を垂れ流していた目黒の体の中の因果律が、話すのに満足したのか襲いかかってくる。
もしくは、俺とクロが話していて、自分の妄言を誰も聞いていないことに気がついたのかもしれない。
まあ、どちらでも良いかと、俺は闇と化した手で、襲いかかってきた因果律の顔面を掴む。
握りつぶさないように細心を注意が必要だった。
──神とは、こうも脆いのか……
ジタバタとする因果律を、少し宙に持ち上げて抵抗出来ないようにしておく。
「く、クロさん? なあ、これは一体どうなって──あれ、目黒とユウト君、なんだよな」
「加藤、色々考えるより今は偉大なるお方のために、クロ様に言われたことをしましょう。ほら、ギュー」
──イサイサ、懐かしいな。お腹を撫でちゃった時以来か。ふーん、加藤さんと仲良しなのか。
俺は話している二人を、不思議な気持ちで見つめているとイサイサが加藤さんにぎゅっと抱きつく。
姉が知り合いの男性に抱きつく姿を見たときのような、独特の恥ずかしさに俺は思わず顔をそっとそらしてしまう。
二人はその状態で仲良さげに話し続けている。
「ほら、さっきの、あれ。また、して?」
「あ、あれか!? いやでもな……ここで、か」
「そう。いっぱい愛してあげるから、加藤」
「いや、オボロの所までだろ。遠くないか? いくら時間と空間を両方ねじれても、繋げられるか?」
「大丈夫。イサイサは知っている。加藤のが、いちばんすっごいの。とても力強いじゃない、加藤のは。ね、ほら。怖くないから」
「いや、怖い訳じゃないが……はぁ、わかったよ」
そう、加藤さんがため息をつくとイサイサに抱きつかれたままに、どこかで見たことのある短めの槍のようなものを真上に向かって掲げたのだった。




