神の視座
起き上がった目黒さんが、目黒さんの顔で、目黒さんの声で、話し出す。
しかし、いぶが死に際に教えてくれたコボルドとしての鼻で世界を知るすべで、俺は直感的にわかっていた。
目の前のそれが、目黒さん、だけではないことに。
漂う圧倒的な因果律の悪臭。
そこに儚く混じる早川と、目黒さんの匂いがする。
「──なあ、早川、そこにいるのか?」
俺は気がつけばそんなことを目の前の存在に向かって口ばしっていた。
「白羽黝人。確かにいますよ。貴方の大事な方は」
にやりと笑って、自分の胸をとんとんと指差す目の前の存在。それは、仕草も表情も、どう見ても目黒さんのものではなかった。
「もう、お気づきでしょうが、私は因果律。この目黒詠唱の肉体と早川姫の魂を頂いて顕現しました。すべては私の目論見通り。色氏名の妄執とやらにとらわれた白羅ゆりは、どうやらしっかりと働いてくれたようですね。ご褒美に私が直々に食べてあげようと思ったのですが、その手間も省けてしまいました」
なにかを滔々と語り出す因果律。
やけにおしゃべりなんだなと、俺は頭の冷静な部分でそんな感想を持つ。
しかし、そんな因果律の妄言は、俺の耳を素通りして行く。
ただ、俺の鼻が、伝えてくる。世界の真実を。
「……早川──あ……あ……」
「あら、聞こえてない? じゃあ、これならどうかしら。白羽黝人、あなたは人ではなくて、化物なんですよ。まあ、それも今から私の血肉になるので些細なことですが」
満面の笑みでそんなことを伝えてくる、因果律。
その煽るような顔は、とてもとても愉しそうだった。
まるで、全能な神気取りのその様子も、今の俺に取ってはどうでも良かった。
因果律が嘯いたことは、まあ、だいたい真実なのだろう。
しかしそんなことは、もう、とっくに俺のコボルドとしての鼻が教えてくれていた。
無意識下では、結構前から俺はそれを知っていた気さえする。
ただ、蓋をして見ないようにしていたのだ。
たぶんその蓋が最初に少し開いてしまったのは、早川からドローンを貰ってそれがクロとして勝手に動き出した時なのだろう。
変だとは感じていたのだ。心の隅では。
ただ、そう感じる心自体を隔離して、見ないようにしていただけ。
そんな今さらのことを嬉々として告げてくる因果律なんて、実際どうでも良かった。
俺は自分を抑えるので精一杯なのだ。
今ならわかる。
抑制を解かれた俺のコボルドの鼻がすべてを教えてくれるのだ。
目の前で全能の神のように振る舞っている因果律は、確かに一つの世界の神なのだろう。
ただ、俺から見たら因果律は臭いだけで圧倒的、格下の存在だった。そして、俺と自分の格の違いすらも把握出来ないほどに、愚かなのだろう。
自制が解けた状態で、俺が手を一振りでもしようものなら、一瞬で塵にかえるような儚い存在なのだ。
問題はその体が目黒さんのもので、その中に早川の魂が、俺とシユのような関係で取り込まれていること。
膨大すぎる自身の力が、今にも溢れだし暴れ始めそうだった。
──なにか、依り代がいる。道具が。求められるのは繊細な腑分の作業だ。なにか……
ペラペラとまだ妄言を垂れ流している因果律を前にして、俺はいつしかそんなことを考えていた。
そしていると、気がつけば嗅ぎ慣れた匂いの者が近くまで来ていた。
背後から俺の名前が呼ばれる。
「ユウト様!」
それは加藤とイサイサを両脇に抱えた、クロだった。




