カラドボルグ2
目の前に迫る大鎌の刃を見ながら、私は随分と遠くまで来たなと、感慨に耽っていた。
人は死の間際に走馬灯を見るという。
死の気配を濃厚に漂わせたあの大鎌は近くにあるだけで、混沌に過ぎない私にも、そんな時間を授けてくれているのかも知れない。
幼き日の思い出。
今は妻となり、常に私の右手にあって私を支えてくれる七武器『闇』との出会い。
ともに過ごしてきた時間。
たくさんの子らに恵まれたこと。
その成長と、そして幾千、幾万の子らが戦いに赴き、その命を偉大なるお方に捧げてきたこと。
思えば、私は偉大なるお方の僕としては失格だったのだろう。
偉大なるお方に命を捧げるという、これ以上なき誉れを得て死んでいく子らを見ることが悲しくてしかたなかったのだ。
一時はこれから死に逝く子らの姿を見ることすら辛くて、妻と巣に引きこもっていた。
そこで私は、偉大なるお方への怨嗟すら抱きはじめていたのだ。
もちろん、そんな不敬な気持ちを一切外へと漏らしたことはない。
されど、手にした者の望みを写し、その身を千変万化させる我が妻、『闇』には当然、私の気持ちなど筒抜けだった。
私はそっと右手にある妻を見る。
その身はなんとも禍々しく、敵意と害意に満ちた刃を持つ大剣へと変わっていた。
それも当然だろう。
そして妻にそんな姿を取らせてしまった私は、夫としても失格だなと、自嘲する。
偉大なるお方の影たるお方は、我らを殺さず止めてくださるようだ。
なんとも、生ぬるい。
それでは、偉大なるお方のために命を捧げてきてくれた私の子らはどうなるというのだ。
ここで、せめて私も死ぬことでしか、子らに報いられないのではないか。
影たるクロ殿からの、迫りくる刃。死を司るその大鎌の刃は例えこの首を刈り取ろうとも、死なせないことが出来るのだろう。
であるならば、せめてこの身には可能な限りの痛みを。
あらん限りの恥辱を。
それをもって父は先に死んでしまったお前たちへの餞とさせてほしい。
そしてそんなことに、愛する妻を巻き込むわけにはいかなかった。
私はそっと右手を離す。
妻たる『闇』が、私の右手を離れると、禍々しい大剣の姿が解かれる。
煮凝ったような闇へと戻る妻。
それは、私が初めて憧憬と尊敬の姿を抱いた時と全く変わらない姿だった。
──ああ、ここで死ねたら、なんと良かったことか。
その時だった。
落下していく妻から、一筋の闇が伸びる。
無手となった私の右手に、そっと妻が手を伸ばして来たのだ。
ともにあろうとしてくれる妻の気持ちが、伝わってくる。
負けた上に生き延びて、生き恥をさらしていく私の恥辱をともに生きてくれようとする妻の気持ちが、闇に包まれた右手から伝わってくる。
「すまない……」
大鎌の刃が私の首をとらえ、切り裂くことなく通り過ぎていく。ただ、意識を、戦意を、そして誇りを、その刃は奪いさっていく。
こうして、私は負けたのだった。
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