小さきものたち
「おいおい、いったい、何が起きているんだ……」
「これは、不味いな。誰か、禁忌に触れたものがいる」
加藤に告げるのは、大穴ダンジョンを出てから姿が見えなくなっていたオボロだった。いつの間にか、近くに来ていたようだ。
「オボロさん、無事だったのか。良かった。──それで禁忌って」
「それは当然、早川姫だ。彼女に手を出したものがいる。それで、主殿が、激怒している」
「ユウト君が……」
「我が身の生まれしも、そもそもは早川姫の御尊父の死が切っ掛けだ」
そのときのことを思い出すように遠い目をするオボロ。
「な、なるほど」
「世界は滅びたな、これは」
「いや、それは本当に冗談じゃないんだが……ユウト君が本当にそれを望むのか?」
「そう、そこだ」
我が意を得たりとばかりに、オボロは加藤のその発言に食いつく。
「そこ、なのか?」
「そう。我とあやつの生まれし定めは、まさにこの時のため、だったのだろうよ」
そうして再び遠くを見つめるオボロ。それはどこか寂しそうに、しかし清々しくもみえる。
自らの命を、燃やし尽くす場所に立つものの顔だった。
そのオボロの視線の先、空に何かがみえる。
急速に近づいてくる、それ。
「共に命を果てるまで戦うなら、奴ではなくマドカが良かったがな。贅沢も言えん。加藤も、もし全てが終わり、無事に人の世へと戻れたのなら、彼女には生き延びよと、伝えてくれ」
まるで末期の言葉のように告げるオボロ。
その眼前に空を飛んできた者が、降り立つ。
クロだ。
二機のワケミタマドローンの上に端然として起立し、大鎌を構えた姿は、まるで死を司る者のようだった。
「ふん、強くなりおったな。クロ」
「すべては、ユウト様からの借り物です」
「で、現状は把握しているのか」
「もちろん。殺さずに止めなければいけません。混沌達を」
「さもありなん」
「それと、加藤さん」
クロがオボロと事務的に話を終えると、加藤の方を向く。
「お、なんだ?」
「緑川さんから連絡です」
そういって、片手を掲げるクロ。
その手から一機のワケミタマドローンが生まれると、スーと加藤の前までくる。
ワケミタマドローンからホログラムが投影されると、それが緑川の姿をとった。
「加藤先輩! 良かった、生きてますね」
「おう、緑川。一応、無事だ」
「時間がありません。手短に伝えます。目黒の裏切りの件、裏で糸を引いていたのは白羅ゆりでした」
「なにっ! 何で、そんなことを──」
「色氏名と餓沙羅の系譜の悲願、と早川さんのお母様からのメールには」
「ああ、灰川さんところの……それで二人は?」
「現在行方がわかりません。ただ、どこからか早川姫がフルダイブさせられていると推測されます」
「フルダイブ先は、ここか! そのためにクロコのボディを……」
「はい、私は二人を助けるために、フルダイブ元を探索します。加藤先輩は、そちらで何とか手がかりを」
「はは、フルダイブ先、ユウト君の向かった方へいくのかよ……。俺、死んだな」
「──御武運を、先輩」
自嘲するように軽く笑うと、パンッと自らの顔を叩いて気合いを居れる加藤。
そのときには、すっかり漢の顔をしていた。
その間にクロが、緑川のホログラムへと話しかける。
「一機。加藤さんにつけます。常時の接続は私の方にも余裕がありません。一度だけ、繋がるように。それと緑川さん、ヴァイスを連れていってください」
「え……わかったわ」
クロの指示に頷く緑川。
そのつぎに、オボロが緑川のホロの方へと近づく。
片手を伸ばすオボロ。
「──マドカ」
伸ばしたオボロの手に、緑川のホログラムの手がそっと重ねられる。
「オボロ」
「愛している」
ただ、一言、それだけを緑川に伝えるオボロ。
「はい、私も……愛してます」
少し恥ずかしそうに応える緑川。
クロは義理の父たる加藤をその場から引き離している。
オボロと緑川の短いやり取りはすぐに終わる。緑川のホログラムが消える。
「待たせたな、クロ」
「いえ。私は先に加藤さんを大穴ダンジョンの入り口まで送っていきます」
「では、一番槍は頂かせてもらうぞ」
クロとオボロは頷きあうと、それぞれの行き先へと向かい天へと駆け上がっていくのだった
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