歩み
戦場に轟いた怒声は、それだけで静寂をもたらした。
ユウトの配下たるダークコボルドたち混沌の軍は、まるで待てをされた子犬のようにピタリとその場で動きを止めてしまう。
混沌達の顔に浮かぶのは、畏怖と恭順。そして圧倒的な恐怖、だ。
はじめて聞く絶対者たる存在の、怒りの声。その対象は、自分達ではない。
それでも、数多の死線を越えてきた強者揃いの兵士達が、まるで子供のようにどうしたら良いか全くわからなくなっていた。
そのため、混沌たちは、ただただ立ち尽くすしかなかったのだ。
その混沌たちと一瞬前まで死闘を繰り広げていた巨大赤ん坊たちも、動きを止めたという事象だけでいえば混沌たちと同じだった。
しかし、その理由は大きく異なっている。
その身を縛るのは、ユウトの声に込められ、上乗せされたいくつものスキルの効果。
ユウトが討伐してきた存在たちから蓄積された、あまたの力。それが、ユウトのこれまでにないほど強い意思に応じてスキルという形を得て発現する。
たった一声の演説で、スキル「拡声」、スキル「演説」、スキル「扇動」を獲得したように。
響き渡る怒声自体により、その獲得を知らせる音はかき消され、ユウト本人も気がつかぬままに、新たなスキル群が獲得されていた。
「威圧」、「憤怒」、「束縛」、「支配者の声」、エトセトラ、エトセトラ。
そうして、生きとし生けるものがすべて動きを止めた世界で、ユウトが歩み出す。
物見台からふわりとユウトが飛び降りる。
まるで重力を感じさせないその動き。
着地も、見た目だけはとても軽やかなものだった。
それなのに。
そのコボルドとしてのユウトの足が大地を踏みしめた瞬間、まるで水面に小石を投げ込んだときのような衝撃が、大地を広がっていく。
無音のまま大地を揺らし広がる衝撃が、同心円上に広がり、その場にいるあらゆるものの足元へと届く。
その揺れは、足を持つもの全ての足元を掬う。力ずくでひれ伏せさせるようにして、敵味方関係なく、全ての者がその身を大地へと投げ出していく。
そしてまた、ユウトが次の一歩を踏み出す。
軽やかに。
とても静かに。
そしてまた、同じ様に無音で大地揺らして。
着地の衝撃で足と手をとられ、腹這いに伏せた巨大赤子たちは、ユウトの怒声により強ばる体でなんとかその身を起こそうとする。
しかし、ユウトの歩みはそれを許さない。
ユウトが静かに歩み続けるだけで、その怒りを受けた大地が恐怖するように波立っていく。
その上にいるしかない、命あるものたちはただ腹這いになり耐えることしか叶わない。
そうしてあらゆるものを平伏させながら、ユウトはただ一つの匂いの元へと向かって歩み続ける。