手をあげて、声をあげて
眼下には、ダークコボルドたちが完全武装をした姿でひしめき合っていた。
「──え、なに、この状況?」
俺は思わずそんな独り言を呟いてしまう。そういえばフルダイブする前に、ダンジョン&キングダムの様子を先に確認するのを忘れていた。
生身のクロと会ったことで、俺は自分で自覚しているよりも、かなり動揺していたみたいだ。
そんな俺がフルダイブして、出た場所はどうやら新たなダークコボルドたちの拠点に作られた物見台のようなところ。
──あ、前回ログアウトした場所にこの物見台みたいなのが作られたからか。
俺がそんな納得をして、改めてよく場所を見ようと左右に首を振る。
そこには、あだむといぶが居た。俺の、すぐとなり。
無言で、至近距離からこちらを見つめいるあだむといぶ。
そして物見台を見上げるように、その場にいるダークコボルドたちも、俺へと視線をむけているよう気がする。
──そういや、こうやって皆の前に出たのって、初めてかも?
向けられる視線にちょっと、圧倒されかける。そしてそこにいるのは、当然、ダークコボルドたちだけでなかった。
物見台のすぐ近くには、あだむといぶの息子たち。
その横には、瓜二つの姿をした、何人もの真っ白な人間の女性にしか見えないものたち。
少し離れたところには、下半身がザリガニの少女たち。
それ以外にも、他のダンジョンを混沌たちが攻略していく中でいつの間にか増えた、多種多様な新たな仲間たち。
なんだかんだで、みな、見覚えのあるものたちだ。
しかしそんな見慣れた姿の彼らだが、こうして集まっている姿は、圧倒的だった。
なにせ、見渡すばかりの大地を埋め、果てが見えない程なのだ。
そうして、それだけの圧倒的な数の、命あるものがひしめき合っているというのに、その場は不思議なほどに静かだった。
武具の擦れる音一つしない。
俺はとっさに、両手をあげる。
それはとくに意識した動きではなかった。ただ、物凄く見られている気がして、なんとなく、そう本当になんとなく、手を動かしただけ。
それだけなのに、その俺の動きに対する反応は劇的だった。
俺が手をあげた瞬間、コボルドたちはコロンと後ろに倒れこむと、一斉に声を上げ始める。
雄叫びのような、歓声のようなその声。
圧倒的多数を占めるコボルドたちのそれが一番、目だっている。
しかしそれは、それ以外の混沌たちの姿が埋もれてしまうほどではなかった。
その中でもとくに目立つのは、人の姿をしたものたち。それと、体の一部が人のものたち。
彼らのうち足があるもの達は膝をつき、そうではないもの達も、深々と頭を俺に向かって下げてくる。
それでようやく俺は気がつく。
──あ……コボルドたちのお腹を見せてるのって、もしかして撫でてほしい訳じゃなくて……お辞儀的な感じ?!
その気づきに驚いたあまり、俺は上げていた両手を下ろしてしまう。
すると俺のその動きに合わせたかのように、混沌たちの声が止む。再び世界に静寂が広がる。
その静寂が俺には、何か話さなきゃ、という無言の圧に感じられる。
「あー……」
その圧に押されるようにして声を出してみるも、すぐに何を話せばいいのかわからなくて、しり切れとんぼのように声が小さくなってしまう。
俺の声が消えて再び訪れた静寂の中、視界の隅のメニュー画面にピコン、ピコン、ピコンと、通知が表示される。
そこにはスキル「拡声」、スキル「演説」、スキル「扇動」を獲得と表示されていたのだった。