テレビ
ユウトが夕食を食べて帰ってしまった後の早川の自宅。
リビングのテレビで、つけっぱなしのまま流れる番組。
先ほどまでユウトが座っていたソファー。その同じ場所に早川は何気ない顔で座っていた。ほんのりと残されたユウトの体温を、こっそり堪能しているところだった。
「──現在確認されている人類支配域のダンジョンは、ついにそのすべてが消失したとの政府発表がありました。これについてはどうお考えでしょうか」
テレビの中では、女性司会者とダンジョンの専門家とされる人物が話し合う形式で番組が進んでいる。
「はい、現存する世界中の人類支配域にある赤から紫のすべてのダンジョンの消失が確認されております。問題は、それ以外、と言えるでしょう」
「それ以外というと、いわゆる人類支配域外のダンジョンですね」
「そうです。いわゆる域外ダンジョン。その概要さえ我々には把握しきれていない域外ダンジョンが、少なくとも二つあります。そして、何よりもいま、検討すべきなのは消えたダンジョンの魔素の行き場です」
専門家とされる人物の告げる、重々しい声。
女性司会者もよく勉強しているのか、はたまた事前に決められた台詞なのか、その話しに合わせていく。
最初は何とはなしに見ていた早川だったが、いつしかその目は真剣にテレビの画面を見ていた。
「──テレビにしては突っ込んだ内容、流してる……たまにあるトンデモ番組じゃない、よね?」
そう呟いて、思わずスマホで調べる早川。
「ちゃんとした体裁の番組だ……あ、すでにSNSで話題になってきてる……政府主導だったらこんなやり方しないはずだよね」
普段であればダンジョン関連の話題に興奮を隠せなくなる早川ですら、思わず困惑してしまう。
それぐらい、いま、テレビで流れている番組はおかしかった。
「私たちの星と衛星の月が保有する魔素量が、基本的には一定であるとする、ムーンアース魔素循環理論ですね」
「はい。ダンジョンが最初に現れた時より観測されてきた、この星と月を循環する魔素の流れ。それがダンジョンの増加に伴って減少を続けていたことから提唱された理論です。そして先日発生したムーンサークル事件。あれはまさに、激震としか言い様のない出来事でした」
そういってフリップを取り出す専門家を名乗る男。
「その影響は正確には測りきれませんが、魔素の循環が途切れぬままにダンジョンが全て消失した場合、大量の魔素の循環による魔素災害が起きていた可能性は高いでしょう」
「では、月の破壊は何者かの意図するものであると」
「それはなんとも。ただ、循環せずともダンジョンが消失したことにより発生したはずの大量の魔素は、そのままのはずです」
「つまり、今後、何かが起こりうると?」
「そうです。ダンジョンというものが存在する前の時代。かつて怪異と呼ばれた特定外域種が再来するのか。それとも域外ダンジョンが全てを飲み込むように拡大するのか。はたまたそれ以外のことが起こるのか。なんにしても予断を許さない状況になりつつあると言えます」
気がつけば早川はスマホ片手にテレビにかじりつくようにして見いっていた。
「え、え……。 本当に何が起きてるの……。こんなこと」
スマホを握る早川の手にぎゅっと力が入る。なぜか頭のなかに浮かぶのはユウトの顔だった。
そのときだった。ピンポーンとチャイムがなる。
「あら、こんな時間に誰かしら。ひめちゃーん。インターホン、お願いできるー?」
台所で片付けをしてくれている、母の声。
当然、テレビを見ていない早川の母は普段と変わらない様子。ただ夜分の来客に少しだけ警戒はしているようだった。
早川はそんな母になんと告げようか迷いながらも結局答えは出ず、立ち上がるとインターホンを確認しにいく。
インターホンには、見た覚えのある人物が映っていた。