調整者
「加藤、これはさすがに非効率的では?」
騒がしい室内。難民地区で目黒の足跡を追うクロたちは、難民地区では合法とされるカジノの一つへと来ていた。
ここで、加藤と繋がりのある、この島の裏側の実力者──加藤は調整者と呼んでいた──からの接触を待っているところだった。
その接触を待つ間に、加藤とオボロは目の前で繰り広げられるレースの券を握りしめている。
レース場を走っているのは小型のトカゲ型モンスターたち。ダンジョンで捕獲されテイムされたモンスターが、順位を競ってコース上を駆けているのだ。
それはかなり血なまぐさいレースだった。そもそもがモンスターであり、しかも、共食いを日常的に行う種らしい。
そのため、レース中に頻繁に発生するトカゲモンスター同士の殺しあいに、島の外の娯楽に飽きた人々が熱狂しているようだった。
ちなみに加藤は順位を当てる賭けに外してばかりだったが、オボロは先ほど単勝で大穴を当てていて、これ見よがしに加藤を煽っていた。
そんな二人と対照的に、つまらなそうにレースを見つめるクロは、十分に声を潜めて隣に座る加藤へと、非効率さを告げたのだ。
「良いではないか、クロ。ほれ、ここでは何もしていない方が悪目立ちすると加藤も言っていたであろう? だいたい、頭が固いのは機械の時から変わらぬの」
「オボロは楽しみ過ぎです。緑川さんに言いつけますよ。今ちょうど通信をしているところです」
「えっと、それは……その、クロさん?」
急に狼狽した様子を見せるオボロ。
クロはそんなオボロに追撃するように軽く手のひらを一振りする。そして、周りから見えないようにそっと手のなかをオボロに示す。
そこには小さなホログラム映像が投影されていた。
超小型のワケミタマドローンを生み出せるようになったクロが、そのワケミタマドローンに、ホログラムを投影させているのだ。
そのホログラムは、クロから月に穴が空いた第一報を聞いたばかりの緑川の姿だった。
とても疲れた様子で、無理難題に思い悩んでいる姿が、小さくホログラムとなって、オボロへと示される。
「今の緑川さんの様子です。……そろそろニュースで速報が出ますね」
それは、まるでクロが神たるユウトの預言者かのような言葉。
その預言通り、会場にいた人々のかなりの数の人々が自分達のスマホに次々に釘づけになっていく。
その時、世界中でスマホを通して人々が月に穴が空いたことを、知った。
さっきまで騒がしかったカジノの中が、まるで凪いだように静かになる。
次の瞬間、室内に鳴り響く無数の着信音と、スマホの揺れる振動音。
信じられない現象に直面した人々が、あるものは半信半疑で、あるものは恐怖に駆られた様子で、がなりたてるように話し出す。
当初の喧騒を上回る雑然とした騒音が、室内を埋め尽くしていく。あちこちで人々が浮き足だっていく。
「今なら比較的自由に動けるでしょう、加藤。さっさとその調整者のところへ行きましょう。場所の目処はつきました」
「え、せめてこのレースだけ……」
「加藤」
「──諦めろ、加藤。こうなったクロは頑固だぞ」
こそこそとオボロが加藤に囁く。
「……わかったよ」
そういって、レースの券を破ると、重い腰を上げる加藤。
万倍の価値がもうすぐ生まれるはずだった券は紙屑となって、ゴミ箱へと消えたのだった。