気絶した二人
ダンジョン&キングダムにフルダイブし、俺はユシとしてこっそりと視察をしていた。
実際に見てみないとわからないのでは、と言っていたクロの言葉は、とても的を射ていた。
コボルド達が物資の採取を行っているのを見ていると、とても苦労していたのだ。
どうしたらいいかなと考え込みながら、ふらっと周辺を歩いているときに、見知った顔を見つける。
そう、ドーバーナとメラニーが物資採取をしていたのだ。
ユシとして二人を見るのは、実はそれが初めてだった。
しかし他のコボルド達とは一線をかくす二人の姿は、遠目にもはっきり認識できた。
俺は二人の姿を見て、なぜかふらふらと近づいて行ってしまう。
お恥ずかしい話だが、ユシの目線で見るドーバーナとメラニーは、ともにコボルドとして、とても魅力的な姿をしていたのだ。
ユシから見ると二人以外のコボルド達は親族にあたる。
一方、ドーバーナとメラニーは同じコボルド系の渾沌とはいえ、そもそもが犬種すら異なるのだ。
ユシの鼻には、ドーバーナは福々とした中にも刺激的で、香り高い匂いとして認識された。そしてメラニーの方も、甘く爽やかな柑橘系の薫りの存在としてユシの脳を刺激してくる。
その二人の薫りに引っ張られるようにしてふらふらと近づくと、思わず声をかけてしまう。
ただ、最後に残った理性を総動員して、出来るだけさりげない風だけは、装ってみる。
「あれ、そこにいるのはドーバーナにメラニー、かな?」
そして、予想外の出来事が起こる。
急に話しかけて、驚かしてしまったのだろう。ドーバーナが後ろに倒れ込んでしまったのだ。
俺はそこで、スキル『隠身』をいつもの癖で使ったままだったことに気がつく。
──あ、そうだよな。ドーバーナからしたら、背後にそれまでなかったはずの臭いが急に出現したことになるもんな……
俺は急いで倒れたドーバーナに近づき、大丈夫か確認する。
いっそう強く漂う福々とした香りに包まれ、くらくらしながらも、俺は何とか理性を保つ。
──ドーバーナ、気絶してる? これは俺、やってしまったかも。ドーバーナはコボルドセイント──聖女だからかもだけど、とても繊細なんだろうな……ああ、俺のドーバーナからの第一印象としては最悪、だよね……
俺は落ち込みながら、次はメラニーの方に向かう。ドーバーナが倒れた際に手にしていた物が飛んで、メラニーの顔面に直撃していたのだ。
──こっちも気絶してる……これ、顔につけたままだと良くないよね。
俺はメニュー画面から、適当なモンスターの毛皮を取り出すと、恐る恐る、メラニーの顔を拭っていく。
白ポメ特有のフワフワとした毛についた汚れだったが、たまたま取り出した毛皮が良かったのか、あっという間に綺麗になるメラニーの顔面。
ユシの目線ではとても魅力的なそれから、俺は必死に目をそらす。
──あんまり、ここに留まるのは危険だ。第一、二人が目覚めたときにどうしたらいいかわからないし。絶対、印象最悪だろうし。
俺はせめてものお詫びに、何かおいていくかと悩む。
「とりあえず、地面に直置きとかないよね」
メニュー画面から、なんとなく一番高級そうなモンスターの皮を選ぶと、地面にしく。
「う、うーん。ろくな物がない。とりあえず、これかな……」
それは最近攻略された近くのダンジョン討伐報酬の、宝物だった。
他のものは売却予定にしていたのだが、なんとなく気まぐれでそれはとって置いたのだ。
メニュー画面から取り出したのは、シンプルなヘッドの首飾りだった。
それぞれ赤と青の宝石があしらわれている。
それをそっとモンスターの皮の上においておく。
「あれ……これってもしかして結構キモい行動だったりするのか? え、そうだったらどうしよう……」
何せ、そもそもが、誰かに物を贈った経験の乏しい。お隣の緑川さん達に蜂の巣をあげたり、早川に手作りアクセを渡したことぐらいしかないのだ。
「いや、落ち着け。これはゲーム。そしてドーバーナとメラニーはNPCの渾沌。これは単なるアイテムの授与。そう、そういうことだ」
うんうんと自分自身を納得させると、俺は逃げるようにフルダイブからログアウトする。
「──ふぅ」
「おかえりなさい、ユウト」
「あっ。……ただいま」
クロに声をかけられて、思わずビクッとしてしまう。なぜか、じーと見つめてくるクロ。
俺はそんなクロからそっと顔をそらすと、ダンジョン&キングダムのモニター画面を向く。
そして何気ない風を装って、先程の首飾りの宝物にMPで祝福すると、それぞれをドーバーナとメラニーに授与設定にしておく。
そうして、二人が目覚めるまで、モンスターが近づいて来ないかモニター越しに見守るのだった。




