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「……ユウト、何か着るもの借りられる?」

「あ、目黒さんか。うん、いいけど」


 俺がその場を離れて自室に向かおうとする。

 その俺のあとをついてきた早川が壁を見て、声をあげる。


「──え、それってゴキっ!」

「あー。そう。出ちゃった。あとで片付けるよ」

「う、うん。やっぱり多いんだ……」

「いや、まあ。でも、ほどほどだからな。ゴキブリ出たのははじめてだし」


 虫全般が苦手な早川はゴキブリも当然、苦手なようだ。その時だった。

 洗面所の引き戸が少しだけ開いて、目黒さんが顔だけ覗かせる。編まれていた髪はほどかれ、垂れている。水分を拭き取ってもまだ乾いていないのだろう。ちらりとみえたそれは、しっとりとしていた。


「あのー、早川さん。本当にお洋服は大丈夫です……さすがに申し訳ないのです……」

「あっ! 目黒さん、ダメですよ! そんな格好でっ」

「タオルはお借りしてますので──あ、あっ! そ、それはっ」


 俺はとっさにそっぽを向いていた。

 早川とやり取りをしていた目黒さんのあげた驚きの声だけが聞こえる。よほど驚いたのか、声が裏返っているほどだ。


 ──そうだった。目黒さんは自宅から逃げてくるぐらい苦手だったんだよな、ゴキブリ。何か申し訳ない。


「あ、ごめんなさい。うちもゴキが出ちゃいました」


 そっぽを向いたまま謝っておく。


「い、いえ。大丈夫です……。雨、止みました……」


 目黒さんに言われてはじめて気がついた。あれほどバシャバシャと降っていた豪雨が嘘のようにやんでいる。


「ほら、ユウト。さっさと進んで! 目黒さんもっ」


 背中に感じる早川の温かな手の感触。

 そのまま身を任せるように押されて俺たちは俺の自室へと進んでいく。


「……ユウト、見た?」


 早川が俺の自室へ入ったところで小声で聞いてくる。いつの間にか押されていた背中から早川の手が離れている。

 俺はそれを少し残念に感じながら、服を漁りつつ答える。


「外か? ああ。完全に雨やんでたな。でも道が崩れているとするとまだ早川のこと、送っていけないよな。なあ、服ってこんな感じでいいかな?」

「もう……。うん、いいんじゃない? いい?ユウトはここに居てよ」

「はいよ」


 俺が渡した学校のジャージをギュッと抱き締めるようにもつ早川。

 顔が半分、俺のジャージに埋もれている。


 そのまま力一杯、俺のジャージを両腕でホールドしながら部屋を出ていく早川。

 俺は一人ベッドに腰かけて見送るのだった。






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