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 天井を音をたてないように進んでいると、時たま通路を歩くダークコボルドたちを見かける。

 ただ、その数はとても少ない。

 ハラドバスチャンの防衛に必要な最低限の人数だけを残して、多分みな、出陣してしまったのだろう。


 ──あだむ、張り切ってた様子だったしな~


 そして予想通り、『隠身』はかなり有用なスキルのようだ。

 今のところ天井を行く俺のことを、ダークコボルドたちは全く気がついた様子がなかった。


 厨房が見えてくる。

 今日の食事はキングベヒーモス肉の角煮のようだ。醤油の芳醇な香りを嗅いで思い出す。


 ──そういえば異邦の探索者たちのイベントの副産物として、外部と交易が始まってたんだっけ。調味料とか調理道具とか、輸入品扱い方で獲得って。出てた出てた。


 眼下の厨房では男女数十名のダークコボルド達が忙しそうに働いている。ユシの兄姉たちだ。


 手際の良いその様子は、数万人の食事を支えているのが納得の練度を感じさせる。

 出来上がった角煮が次々に運び出されていく。多分、進撃中の軍に、追って届けるのだろう。


 そのなかでふと、気になるコボルドがいた。


 なぜ彼女のことが気になったのかは判然としない。

 他のダークコボルド達が真っ黒な身体に口や目の周りの一部が白いのに比べて、彼女は身体全体に、斑のように白い毛色が混じっているからか。もしくは、角煮の入った容器を運ぶ足取りがどこかフラフラしていたから、かもしれない。


 何にしても危ないなーと思ってなんとなく厨房を出た彼女を追いかけてみると、案の定だった。


「きゃっ」


 ふらついたまま、可愛い悲鳴をあげて倒れそうになっている斑のコボルド。

 俺は天井からまっすぐに飛び降りると、ひょいと片手で空を舞う角煮の入った容器を受け取り、反対の手で倒れかけた斑の彼女を支える。


「大丈夫?」

「……え? 君、今どこから現れたの?」

「気になるのは、そこなんだ。はい立って。これ、良かったら運んであげようか?」


 相手はユシから見たら姉の一人だろう。ユシよりも背丈も高い。ただ、そのどこか幼げな顔つきと雰囲気から、まるで手のかかる妹のように見えてしまった。


「運ぶのも私の仕事だから……。君、小さいし、生まれたばかりだよね?」


 容器に向かって伸ばしてきた手を、ひょいっとかわして、話を続ける。


「名前はユシ。お姉さんは?」

「──私はS1313。君、ネームドなのか……」


 S1313と名乗った斑の姉コボルドが、どこか眩しそうな表情で、俺の方を見てくる。ネームドと言っていたから、名前があることに対して何か思うところがあるのだろう。

 S1313は、いつの間にか取り返そうと伸ばしていた腕をぶらんと下におろしていた。


「じゃあさ。イサイサって呼んでいい? ねえ、この角煮はどこまで運ぶの」

「イサイサ……? イサイサか」


 イサイサがなぜか嬉しそうに見える表情を浮かべている。どうやらそう名前を呼んでも良さそうだった。

 しばらくそうしていたイサイサだったが、顔を引き締めると、先ほどまで進んでいた通路の先を指し示す。


「あっち。物資集積所があって──」


 イサイサが話し出した時だった。

 まるで俺が名前をつけて呼んだことが何かの引き金だったかのように、視界の隅に浮かぶメニュー画面に、新着メッセージが現れる。


 そっとイサイサにばれないように俺はそちらを確認する。


 メニュー画面では、イサイサの詳細情報が見られるようになっていた。


 ──え、イサイサ、ユニークスキル持ちなの?


「どうしたの、ユシ」


 驚いて一瞬、固まってしまう俺。不審に思ったのだろう、イサイサが首を傾げている。


「何でもない。集積所ね。いこうか、イサイサ」


 俺は軽く片手を振ると、イサイサの指差す先に向かって歩きだしたのだった。

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