④
格納庫のすぐ上はカタパルトである。エレベーターに飛び乗った藤乃は、真っ直ぐ上へと運ばれて上部甲板へ出た。
「聞こえますか、碓氷藤乃さん」
「はい」
藤乃の着ている軍服、シェルヴールのF-4EJが内蔵された通信機で艦橋からの通信を拾っている。英語を話すオペレーターはフランソワと名乗った。
「胸元についている星型の階級章が起動キーになっています。つまんでひねってみてください」
「こうですか」
バンッと一瞬にして弾けとんだ軍服が、繊維に解かれてスーツを再構成し、F-4EJのパーツとなって藤乃の体に装着される。頭の上半分を覆うヘッドギアの、額の辺りから突き出した円錐状の機首。脇に配置された縦長のエアインテークからは背中の大出力エンジンとふくらはぎの装甲に配置された補助スラスターへ供給ラインが引かれ、肩から後ろへ流されるように伸びた主翼は直角三角形を少し後方へ等積変形させたような、中央部分で折れて上へと反り上がる特徴的な形状のクリップトデルタ翼である。
武装はまだ施されていない。主翼や両前腕部にハードポイントはあるが、火器管制を習ったこともない藤乃に合わせて、今のF-4EJは非武装の仕様になっている。
慣れていたとはいえ、防御装甲が装着される衝撃はT2のそれよりもずっと強く藤乃はおおぅと声を漏らした。
「飛び方は分かりますね」
「T2とほぼ一緒……でいいんですよね」
F-4EJは藤乃の意思を反映するように主翼フラップをぱたぱた、ラダーやエレベーターをくいくいと動かした。F-4EJはT2よりも精密で、正確に藤乃の思考制御に応答している。
藤乃はふと、初めてT2で飛んだときのことを思い出した。
石巻の学校の格納庫の隅で、使い手もおらず倉庫の隅っこで埃をかぶっていたT2のコア・ユニット。それを仲間たちと発見して修理して、初めて空を飛んだあの日。ただ空に憧れ、ただ飛びたいとだけ思っていた藤乃。その時は、まさか自分が戦場を飛ぶことになるなんて思いもしなかった。
「藤乃さん、緊張してますか」
「はい、少し」
「空は怖いですか?」
「いえ。たぶん、そういうのじゃないです」
びゅう、と向かい風が藤乃の顔に吹き付けられた。
眼を保護するバイザーがあっても、藤乃は反射的に目を閉じてしまった。戦場から吹く風。瞼を開いた視線の先、風上には縦横無人に飛び回る銀色の翼たちとその周囲に群がる黒い粒――――セプテントリオンが見える。
大地を歩く人間にとって、向かい風は行く手を阻む壁である。戦場の風は藤乃に「こっちへ来るな」と言っているかのようだ。
だが翼を得た今の藤乃には違う。向かい風は翼に揚力を与え、藤乃を空へと持ち上げてくれる風だ。今から藤乃は、その風に乗る。
「……碓氷藤乃、行きます!」
スロットルを上げ、前傾姿勢になる。カタパルトのロックが外れると、F-4EJはどん
どんと速度を上げ、藤乃の顔を撫でつける風は強くなった。
強い向かい風を鋼鉄の翼に受け、天使は空へと還る。