第19話 わたしたちの日常系 ①
早朝、冷たい風が吹くカタパルトに、遊撃小隊が並ぶ。班リーダー機はペトラ、そこにヒルダ、ヴェロニカ、シェイミーが続く。みな増槽を装備し、武装は機関砲のみである。
ペトラが位置につこうとしたところで、前を塞ぐものがいた。スサンナである。
「おい、犬っころ。私も連れていけ」
「スサンナさんは直掩隊ですよね。それに状況によっては、私たちは『アリオト派』とも敵対関係になるかもしれません。そうなると、スパルヴィエロに防衛戦力がいないのは困ります」
「お前、まさかまた一人であのジャップを相手にしようっていうんじゃないだろうな? アームドモードの心神改と戦えるのは、スパルヴィエロの航空隊の中じゃ私だけだ。それにセイバーモードを使われたら、お前が一番相性悪いだろ」
「それはそう、ですけど……」
「なに、直掩隊なら今はカティアもいる。それにな」
スサンナはペトラの背後を顎で指した。ペトラが振り向くと、そこにはイングリットがいた。着崩していた軍服は元のきっちりした形に戻っている。
「ペトラちゃん。私、また飛ぶことにしたわ」
「イングリットさんっ」
両手を広げたイングリットに、ペトラは近づいてハグをした。
「私は、大切なものと手を離してしまったから。貴女はダメよペトラちゃん。大切な人とは、ずっと一緒にいないとダメ」
「はい、イングリットさん」
「いつまでもふさぎ込んでたら、キャシーに怒られちゃう。だから決めたの。これからは大切な人とお別れしなくていい世界のために飛ぶんだって。だからペトラちゃん。艦のことは気にしないで、思う存分戦ってらっしゃい」
「はいっ。わたし、絶対に藤乃ちゃんを連れて帰ってきます!」
イングリットから離れたペトラは敬礼をし、とたとたとカタパルトに立つ。
やや強い、冷たい向かい風がペトラの頬を打つ。歩くには少々不快だが、飛ぶにはいい風だ。
「ペトラ・ニヴァル・レジーナ。EF-2000、エンゲージっ!」
カタパルトの加速を受けて、ペトラは風に乗った。
乗ってみると心地よい風だ。戦場ではない。租界の中の、狭い空でもない。どこまでも透明で、遠く、遠く、遥か遠くまで見通せそうな空。
その彼方には、藤乃がいる。ペトラを隊嘴にした遊撃航空隊は、スラト租界に向けてその速度を上げていった。
スラト租界の有様は、ペトラたちが訪れたときから三日で、さらに変化していた。
半壊だったドームの姿は完全に無くなり、根本の骨組みだけが抜きそびれた雑草のように円を作って生えている。その中央から屹立している円筒には、先端に円錐が増設されていた。
「あれは、ロケットだな」
「ロケット? 弾道ミサイルではなく?」
「ああ、宇宙ロケットだ」
断言するスサンナ。弾道ミサイルにしてはサイズが大きすぎるのだ。円錐部分は半径だけでも、ペトラやスサンナ、それと遊撃航空隊のメンバーが全員で手を繋いで広げたよりもさらに大きい。
「どうしてセプテントリオンがロケットを?」
「……たぶん、小隊長のせいじゃないかと」シェイミーが小さな声でペトラの疑問に答えた。「小隊長、宇宙へ行くのが夢だって」
「じゃあ何か? セプテントリオンはあのジャップの夢を叶えるために、ロケットを作ってるっていうのか」
「そうなりますね」
「だとしたら急がないと。宇宙に出られたら手出しができなくなる」
ペトラたちは増槽を投棄し、低空からスラト租界跡地に侵入した。
ロケットの周囲では、斥候型や巡洋型、大小様々なセプテントリオンたちが作業をしている。そしてすべからく、口にサーモンを咥えている――――「アリオト派」のセプテントリオンたちだ。
アリオト派のセプテントリオンたちは侵入してきたペトラたちに丸いボタン状の目を向けてきたが、襲ってくる気配はない。ペトラたちは難なくロケット様の大型構造物に近づくことができた。
侵入口のようなものはないのだろうか、とペトラたちが飛び回っていると、頂部円錐の側面が開き、イヴが飛び出した。
目の前の空中で停止したイヴに、ペトラもホバリングして対峙する。航空隊の面々も、ペトラの後ろに控えてイヴと正対する。
「何か御用でしょうか」
「藤乃ちゃんを返して」
「それはできません」
「どうして?」
「あの方は、我々にとって必要不可欠な存在だからです」
「それはこっちも同じだよ。藤乃ちゃんは、わたしたちの大切な仲間だ」
「我々という存在に知性が芽生えたのは、すべてあのお方のお陰なのです。我々がどれだけあのお方のご帰還を待ちわびていたことか……。今、我々は種族として、新たな一歩を踏み出しつつあります――――」
「――――邪魔をしないでいただきたい」
ペトラは振り向いた。その視線の先に、もう一体。イヴである。
クマ耳に金属製の大型クロー。装備も声も表情まで、すべてが瓜二つの、純白の髪を持つ少女。イヴ・レプラカーンはヒト型のセプテントリオンである。同じ容姿の個体が複数いても不思議はないのだ。
さらに、セプテントリオンは同一意識集合体であって、どのイヴも「個」を持ってはいない。ペトラたちを取り囲むように、三体、四体、五体……と増えていくイヴたち。そのどの個体にも、キャサリンと交戦し、藤乃やペトラと交戦して蓄積された経験が備わっている強敵である。
「このままお帰りいただくのでしたら、手荒な真似はいたしません」
「お前たちに備わったっていう、その『知能』とやらを使って考えてみたらどうだ」啖呵を切ったのはスサンナであった。「かけがえのない、大切な仲間を連れ去られたら、お前たちはどうする?」
イヴたちは少し小首を傾げ、考え事をするような素振りをした後で、表情を変えずに言い放った。
「『かけがえのない仲間』というものが理解できませんが。我々は全にして個、個にして全。一個体の損失は死ではない。
人間社会も同じではありませんか? どれだけ重要な人物であっても、一人死んだ程度で社会そのものが崩壊することなどありま――――」
イヴが言い終わる前に、スサンナは動いていた。
セイバーモードを起動し、握った刀をイヴの喉元に突き立てている。言葉を発することができなくなったイヴは、空気の出ない口をぱくぱく動かすしかなかった。
「……そういう全体主義思想、反吐が出るんだよ」
めった斬りに切り伏せられ、糸くすとなったイヴはスサンナのシェルヴールに取り込まれた。
言葉にしなくとも、セプテントリオンたちに緊張が走るのがペトラには分かった。ざわっと、波打つように動いたアリオト派は、斥候型がロケット建造作業を中止し、ペトラたちの周囲にわっと殺到してくる。
複数体のイヴが、スサンナを撃墜しようと迫っていた。
クローを腕の周りで回転させて作ったドリル、その一撃をスサンナは刀で受け流し、反撃を加えていく。
戦闘に突入してから一分で、スサンナは三体のイヴを切り伏せた。
「スサンナさん! わたしも――――」
「よせ」セイバーモードを起動しようとしたペトラは、スサンナに制止された。「お前のセイバーモードは温存しておけ。お前まで使ったら、こっちの切り札が無くなる」
「でも……!」
「私にもちょっとくらい先輩らしいこと、させてくれよ」
ペトラに振り向いてにっと笑ったスサンナは、刀を構えてイヴに突撃する。
大きく振るわれる爪。横薙ぎのそれをスサンナは仰け反って回避し、イヴのがら空きになった腹を蹴り上げた。脚部スラスターの勢いを乗せた一撃は重く、イヴは「く」の字に曲がって打ち上げられる。
その隙を突いて、二体のイヴが前後から同時にスサンナにとびかかる。個の意思を持たないイヴは、複数個体での連携も完璧だ。
スサンナは前から来たイヴに向かって距離を詰め、刀を突き刺した。
イヴの両胸を貫通する金属の刃。しかし、これでは目の前のイヴはこれで倒せても、後ろは無防備になってしまう。それが分かっているのか、イヴは大振りの攻撃でスサンナを背後から襲い――――
どっ。
突如、スサンナの後ろでイヴの頭が破裂する。続いて、真横からイヴの体を貫く無数の光条が、イヴの体を粉々に打ち砕いた。
ヒルダたちである。
セイバーモードこそ搭載されていないが、ヒルダたちのトーネードも対セプテントリオン用に開発されたものだ。使用する機関砲弾も最新のもので、セイバーモードの研究がフィードバックされた、活性有機繊維を断裂できる特殊弾を使用している。
「今日は出血大サービス!」
「今日ぐらいしか、コイツは使えないもんな!」
ヒルダとヴェロニカもまた、連携という点ではイヴにまったく負けていない。どの個体も同じ動きをするイヴとは異なり、癖や特技を知り尽くした二人の動きはお互いがお互いをカバーしながら戦うものだ。むしろ連携という点でいえば、同一の意思を持つよりも別個の思考で完全に噛み合うこちらのほうが上等である。
「レジーナ少尉! こちらへ!」
スサンナたちの戦闘を見守っていたペトラは、シェイミーの声に意識を引き戻された。
シェイミーはロケットに取り付いており、イヴが飛び出して来た側面のハッチを、機関砲で無理やりに破っていた。
「ここは任せます、スサンナさん!」
「ああ、任せとけ!」
ペトラはスサンナたちを置いて、ロケットの側面へと飛んで行った。




