表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/78

 航空母艦スパルヴィエロ。

 全長約二キロメートルの全通飛行甲板の上に、カタパルトを備える五百メートル級の滑走路を船首に向かって二基と左舷にせり出すようにした一基の計三基を持つ、現代人類が持ちうる資源と技術の粋を集めて建造された巨大な航空母艦である。補給なしでの長期間の作戦行動を想定して建造されたこの艦の内部には、乗組員の居住スペースだけではなく水耕栽培プラントや娯楽施設までもが整備されていて、もはや移動する都市といっても差し支えないものであった。

 今までの租界地での暮らしよりもずっと文明的なスパルヴィエロの艦内に、藤乃はただただ圧倒されるばかりだ。しかし案内するペトラの楽しそうな表情とは逆に、藤乃は養父藤孝のことがどうしても気になってしまっていた。


 大事な話。

 藤孝は元航空自衛官である。国連軍の航空隊からの「大事な話」といわれたら、藤乃にはそれが復隊の話としか思えなかった。

 もし藤孝がその話を受けてしまったら。藤乃はこれから一人で生きていかなくてはいけなくなるだろう。


「おなか空いちゃったな。藤乃ちゃん、何食べる?」

「何って……あ、もうこんな時間」


 ペトラは藤乃を艦首にある広いラウンジのような場所へと連れてきていた。船首の二本のカタパルトが伸びた股の部分に位置しているラウンジは天然の芝が植えられた芝生や低木が木陰を作る公園になっていて、天井は四デッキ分を貫く広さで艦の上、そして前方を広く見渡せるようにガラス張りになっていて、太陽の光が差し込んで一層明るく見える。時間は正午に近い。太陽の光は痛いほどに眩しかった。

 そのラウンジには、藤乃たち以外にも乗組員らしき人たちがたむろしていた。ベンチに腰掛けて本を読んでいる者や、何かを食べている者、輪になって楽器を演奏しているものもいる。ペトラはその中をずんずんと藤乃の手を引いて進み、一軒の移動式屋台の前で足を止めた。


「ケバブくーださいっ」

「ケバブ?」


 屋台の中にいるのは、口ひげを生やした肌の浅黒い男性であった。ペトラの注文にうんと頷いた彼は、すぐ横に置かれた巨大な肉の塊から、慣れた手つきで肉をそぎ落としてケバブサンドを作る。

 生まれてこのかた、あの緑色をした直方体の食料コンパウンドしか食べたことのない藤乃にとって、ケバブサンドは初めて口にする「料理」であった。ひと噛みするともちもちとした白いパンと中に押し込められたシャキシャキのキャベツと甘辛いソースのかかった肉の旨味が口の中いっぱいに広がってくる。


「……!」

「どう、おいしいでしょ? ここ、イングリットさんに教えてもらったんだぁ」


 藤乃に並んでペトラは満面の笑顔でケバブサンドを頬張っている。


「……これからどうなっちゃうんでしょうか」

「どう、って?」

「私、租界地から出たことなかったんです。真っ暗なドームの中で、コンパウンドを食べてるのが人生なんだってずっと思ってました。でも空は青くて、綺麗で、ケバブはおいしくて……私の知らないことが、世の中にはたくさんあるんですね」


 出港準備が出来たらスパルヴィエロは北へ、函館租界地へ向かうと藤乃は聞いていた。そこで石巻の生存者たちは艦を降り、函館で新たな暮らしを始めるのだ。

 だが藤孝はそこにはいない。きっと、スパルヴィエロのクルーになって、藤乃とはそこでお別れになるだろう。ガラス張りの窓から差し込む太陽の光。それだけでも、租界地での暮らしを捨てるには十分すぎるくらい藤乃には魅力的に見えた。藤乃はスパルヴィエロで暮らすであろう藤孝のことが心底うらやましいと思った。


「楽しいことなら、これからもっと、もーっといっぱいあるよ」

「へ?」

「ん、あっ。ごめん藤乃ちゃん、残ったのあげる。食べておいて」


 突然ペトラは右耳を手で抑えながら、左手に持っていたケバブサンドを有無を言わさずに藤乃に突き出してきた。藤乃がそれを受け取ると、ペトラはすたすたと走ってラウンジを出て行ってしまう。

 ペトラの突然の行動に「?」を浮かべていた藤乃の疑問が解消されたのは、それから一分ほど後のことであった。

 ラウンジに、セプテントリオンの襲撃を知らせる警戒警報が鳴り響く。

 航空小隊員であるペトラは、それを迎撃するためにスクランブル発進するのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ