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藤乃とリンファの作戦プランは少々の変更を受けつつもほぼそのまま承認され、すぐに遊撃航空隊の初となる偵察任務、その出撃の時間はすぐに迫って来た。
前夜、眠れなかった藤乃が自室を出て格納庫に向かうと、すでに先客がいた。
「こんばんは」
「うひゃぁッ」
揚陸艇のメンテナンスハッチに頭を突っ込み尻を出していたのは、シェイミーであった。
声をかけてきたのが藤乃だと知るや否や、シェイミーは体をハッチから出し姿勢を正して敬礼をする。
「しょ、小隊長どの! こんな夜更けに、どうなされましたか!」
「今はオフです。敬礼なんていいんですよ」
「しかし……」
「それに、あんまり大声を立てると周りに気づかれちゃいます」
整備士たちに休日はない。作戦開始前夜ともなれば、徹夜で機材のチェックをするクルーもいる。藤乃は彼らの集中を妨げることのないよう、シェイミーを揚陸艇のキャビン内へ手招いた。
「シェミィさんこそ、こんな時間に何してるんです?」
「この子のことが、気になってしまって」
シェイミーはキャビンの壁を愛おしそうに撫でる。
「明日は作戦開始の日ですから。万が一にもトラブルがあってはいけません」
「それはシェミィさんもですよ。ちゃんと寝ておかないと」
「小隊長こそ」
どちらから、ともなく。藤乃とシェイミーは笑った。
シェイミーは藤乃よりも2、3歳ほど年上である。出身はデトロイト租界で、ラヤーンとは航空隊員と整備士という違いはあれど、同時期にスパルヴィエロに赴任したこともあって仲良くしていたという。
F-4EJ改を整備していたこともある。藤乃もその腕は強く信頼している。
「小隊長に、聞いてみたいことがあったんです」
「何です?」
「私を、遊撃航空小隊に入れた理由です」
シェイミーが冗談を言っているようには、藤乃には見えなかった。
藤乃が隊員にシェイミーを選んだ理由は、彼女が元整備士だったからである。操縦の腕はまあまあ、実戦経験も少ないが、スパルヴィエロからの支援が受けられない状況では、シェイミーの整備士としての知識や経験は貴重である。
だが、それを正直に話しただけでシェイミーは満足してくれるだろうか。シェイミーは何と言って欲しいのだろうか――――
「私より操縦が上手い子なら、たくさんいました。成績なんて見せて頂かなくても分かりますよ。模擬戦じゃ勝ったことありませんし」
実際、シェイミーは火器管制と耐G訓練成績以外は平均くらい、総合成績では航空隊員の中ではギリギリ上位三分の一に入る程度である。遊撃隊に入ってからはヒルダとヴェロニカにスパルタ訓練されてドッグファイトの技術は向上が見られるものの、やはり藤乃やペトラと一緒に戦うには心許ないというのが、藤乃の率直な評価であった。
シェミィさんは整備士として期待していますよ、というのは酷である。セイバーモードの副作用で感情をいくつか失くしてしまう前から「朴念仁」となじられる程度には人の心が分からない藤乃でも、それを言えばシェイミーが傷つくことくらいは想像がつく。
彼女は航空隊に志願したのだ。彼女は彼女の意志で、戦う決断をしたのだ。だったら、自分は小隊長として、それを称えるべきなのではないだろうか……。藤乃の悩みは尽きない。
「……怖いんです」
「怖い?」
「私のせいで、小隊長やペトラさん、ヒルダやヴェロニカが怪我したりしたら……って」
「シェミィさんは十分に良くやってくれてるじゃないですか」
「それじゃ……それじゃ、足りないんですよ」
キャビンの座席に腰を下ろすシェイミー。
「ラヤーンが怪我して帰還したとき……。私、何にもできませんでした。整備士として、おざなりな仕事をしたとは思っていません。でも、それでも……足りないんです。整備士として仕事をしているだけじゃ、誰も救えないんだって」
「ラヤーンさんの怪我は、私のせいです……」
「そんな! だって小隊長はあのころはまだセイバーモードが使えなくて」
「使えないのに使おうとした。だからラヤーンさんに怪我をさせてしまったんです。悪いのは私です」
ラヤーンは藤乃を責めることはなかった。怪我をして、夢を諦めなければならなくなっても。ラヤーンは藤乃に「笑え」と言ったのだ。
「ヴィリディス隊長に言われたんです。私たちは万能じゃないって。私たちの力だけで、勝利も敗北も決まったりはしない。その通りだと思います」
「……? どういう意味ですか?」
「私たち航空隊員一人の力だけで、戦場での勝ち負けはひっくり返ったりしないってことです。戦況を覆すのは束ねたみんなの力、これしかない。だからシェミィさんはシェミィさんに出来ることを、全力でやってください」
「私に、出来ること……」
「私も小隊長として、私に出来ることを全力で頑張りたいと思います」
藤乃は心につかえていたものが消えていくように感じた。
自分の未熟さのせいで作戦が失敗するのではないか――――シェイミーの抱いていた悩みは、藤乃も感じていたものだ。
その答えは、ずっと前から知っていた。キャサリンから、もうもらっていたのだ。
人間は万能じゃない。藤乃が特別な存在であったとしても、その力だけで人類すべてを救えるわけではない。藤乃に力を与えてくれるのは、イヴとしての力ではなく、一緒に飛び、そして支えてくれる仲間たちなのだ。
「シェミィさん。どうして私がシェミィさんを小隊員に選んだか、でしたね」
「はい」
「あなたとなら、どんな作戦も成功させられる。そう思ったからです」
その言葉が口から出てきた後で、昔、キャサリンにも似たようなことを言われたなと藤乃は思い返した。
忘れもしない初出撃。ウナラスカ攻略戦で、緊張で固まっていた藤乃に、キャサリンがかけた言葉。お前なら絶対に出来る、そう思ったから――――
「今度の作戦、一緒に成功させましょうね」
「は、はいっ、小隊長どの!」
シェイミーは敬礼をし、藤乃もそれに返す。顔を見合わせて、また藤乃とシェイミーは笑ってしまった。
キャビンの中で、藤乃はシェイミーと夜通し語り明かした。故郷のこと、スパルヴィエロのこと、友達のこと――――気が付くと藤乃もシェイミーも眠ってしまっていた。
朝起きて藤乃の不在を知ったペトラが探しに来て、飛び起きた藤乃とシェイミーは大急ぎで支度を整えることとなった。




