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 藤乃が手を前にかざすと、手の平からするすると伸びた糸が細い棒状に絡まって、弾ける。刃渡り1メートル、分厚い刀身を持つ太刀が現れた。

 背後から斬りかかってきたサムライ型セプテントリオンを、藤乃は振り向きざまに横薙ぎに切り伏せる。脇の下で上下に分割されたサムライ型は、無数の糸くずとなって『心神改』に取り込まれた。

 藤乃に対峙する残り三体は、刀を正眼に構えたまま警戒して近づいてこない。藤乃はそのうちの一体に距離を詰め、振るう太刀でミニチュアの日本刀ごとサムライ型を一刀両断した。

 虚空に武器を生成する。なぜそれができたのか、藤乃にも理解できない疑問の答えは、突如入った通信で明らかにされた。


『こっちでもサポートするよ、藤乃。セイバーモードにバックドア仕掛けといたから』

「バックドア⁉」

『うん。セイバーモードの起動は初めてだったし、何が起こってもいいようにね』


 租界から藤乃の高度までは、ミュンヘン防空隊が戦闘しながら通信の枝を繋いでくれたとすばるはいった。


『心神改は藤乃に合わせて『最適な武器をその場で生成する』力を持ってるみたい』

「最適な武器を……その場で」


 藤乃は手の中にある太刀をまじまじ見回した。確かに、射撃をいとも簡単にいなしてしまうサムライ型を、その刀ごと叩ききれる巨大な大太刀は、この場において最適な武器だ。


『複雑なデータ処理はこっちでやるから。藤乃は戦うことにだけ集中して』

「わかった。一緒に戦おう、すばる!」


 藤乃は残る二体に向かって、大太刀を振りかぶりながら近づいた。だがセプテントリオンも学習しているらしく、藤乃から距離を取ってしまう。振り下ろした大太刀は、空しく虚空を切るだけであった。


「なんかいい方法ないかな」

『だったら、これなんかどうかな』


 セイバーモードに変化した心神改の両袖部分が藤乃から分離する。

 折りたたまれた装甲板が翼へ変形する。分離したそれは、機械で出来た二羽のオオタカになった。

 大きく羽ばたいた二羽のオオタカは、まっすぐ飛んでサムライ型セプテントリオンの腹を食い破る。藤乃の意思とは関係なく、自律稼働して敵を倒す武器のようだ。

 戻ってきたタカを前腕と肩に乗せた藤乃は鷹匠のようである。琥珀色の虹彩のないカメラアイで藤乃とアイコンタクトを取った二羽は、藤乃の元を離れてミュンヘン防空隊の援護へ向かった。


『鳥のコントロールはこっちに任せて。藤乃はペトラさんを』

「分かった」


 藤乃は握った大太刀をぶんと振り、ペトラとイヴの元へ急行する。




 ペトラはなんとか持ちこたえていたが、イヴのほうが押していた。何重にも絡まる糸を容易く斬り裂き、イヴはペトラとの距離を徐々に詰めている。


「隊長の、仇いいいぃぃッ!」


 藤乃はイヴの真上から斬りかかる。イヴは寸前で体を引いて藤乃を避けたが、大太刀はイヴの右腕を切り落とした。

 鋼鉄をも斬り裂く爪を備えた腕が回転しながら落ちていく。イヴは自分の腕の断面を不思議そうに眺めていたが、その傷は瞬時に再生してしまう。傷口からしゅんと伸びた糸が絡まり、イヴの新しい腕が形成された。


「ウスイさん、その姿……」

「はい。やっと使えました私にも。セイバーモード」


 ペトラの前に立ち、藤乃は大太刀を構えてイヴに正対した。

 イヴ・レプラカーン。奇跡の少女「イヴ」――――かつてそう呼ばれていた藤乃の名前を騙るニセモノ。その肉体は人間のそれではなく、ヒトの形をしたセプテントリオンである。


「わたしはイヴ。始まりの子にして終わりの仔」


 以前より語り口も少し流暢になっている。


「あなたの力、わたしと同じ」

「そうかもね……でも、私はアナタじゃないし、アナタは私じゃない。この力だって、アナタと同じじゃない!」


 イヴは首を傾げている。

 それが疑問、不可解を表すジェスチャーであることを、イヴは知っているのだろうか。


「私の力は、みんなの夢を守る力。叶えるための力なんだ。アナタのその、人殺しの力とは全然違う」

「ゆめ? わからない……ゆめとはなに?」

「今から見せてあげるよ……とびっきりの、悪夢をね!」


 大太刀の切っ先を向け、藤乃は防御不可能な速度で突撃をかける。

 正確に喉仏を狙った突きだったが、イヴはそれをありえない角度で腰を折ってのけ反り回避した。

 人間なら、背骨がある生き物なら絶対に不可能な回避である。


「バケモノめ!」


 そのまま、藤乃は加速してイヴの上へと飛び去る。重心を中心に回転する大太刀は、イヴの胸のあたりに突き刺さり、そのまま正中線をまっすぐ下へ斬り裂いた。


「……!」


 ぬいぐるみの腹から綿が飛び出すように、イヴの体から有機繊維が吐き出される。イヴはそれを抑えようと両腕で体をぎゅっと縛った。その隙を、藤乃は狙っていた。


「うおおおおぉぉっ!」


 大太刀を肩に担ぎ、袈裟斬りに斬りかかる藤乃。

 両手が塞がっていれば、斬撃を防ぐ方法はない。藤乃がイヴの左肩に大太刀の刃を食い込ませた、その瞬間。

 硬い金属が擦れるキリキリという音と共に、振り下ろした藤乃の大太刀はイヴの肩に食い込んだまま、止まってしまった。


「なにっ!」


 食い込んだ大太刀を押し退けるように、イヴの肩から金属製のクローが生えてくる。

 そのままぐんぐん伸びたクローの根元から手が、前腕が、そして上腕が現れ、イヴの肩から新しい左腕が生えてきたのだ。

 イヴ・レプラカーンはヒトの形こそしていても、その実体はセプテントリオンである。人体の構造を無視した変形や再生も自由自在なのだ。


「……!」


 元あった、イヴが割けた腹を抑えていた両腕は革製のベルトへ変貌し、その役目を続けている。失った右腕も同じように再生し、イヴは右腕のクローごと右前腕を高速回転させて、その先端を藤乃に向けて突き出す――――


「ウスイ少尉!」


 そこにペトラが加勢に入った。

 背後からイヴに糸を絡めたペトラは、イヴの右腕の動きを封じる。回転ドリルのようなイヴの攻撃は、藤乃に到達する前に止められた。

 イヴが首を傾げている。疑問、いや、あれは考えているポーズだ。藤乃はそれを直感で理解し、大太刀を引いてイヴから距離を取る。

 藤乃が離れる寸前、イヴは動きの制限された右前腕を、ぐにゃりとモーフィングさせ、ガトリング砲に変形させていた。発射される弾丸を、藤乃は軌跡をランダムに変えながら避ける。

 イヴは左腕もガトリング砲に変形させて、ペトラを撃つ。ペトラはそれを、糸を何重にも重ねたシールドにして防いだ。


「……この装備」

「隊長のだ……!」


 両腕のクロー。大型のガトリング砲。そして、耳や尻尾を生やした獣人のような姿。今のイヴの姿は、モチーフこそヤマネコからクマへ変化しているが、キャサリンの『F-14D』を踏襲したものになっている。


 イヴの張るガトリング砲の弾幕を避けながら、藤乃はペトラに近づいた。


「ペトラさん、イヴを少しの間、抑え込むことはできませんか」

「やってみます」


 ペトラはイヴの真上に陣取り、手をかざす。ほどなく周囲の風がイヴを中心に渦を巻き始め、巨大な竜巻の筒にイヴを取り込んだ。

 藤乃は大太刀を構えて低空から竜巻の中へと飛び込む。ペトラの起こす暴風の中を飛んだのは、藤乃も初めてではない。風に逆らわず、ただ乗ればいい。激しく渦を巻いているが、竜巻の風はまっすぐ上へ、下にいる藤乃から上にいるイヴに向かって吹いている。

 イヴも藤乃に気づき、両腕を、ガトリング砲の銃口を真下へ向けた。まっすぐ上昇している藤乃はイヴの射撃を避けられない。

万事休す――――と藤乃が思った瞬間。操り人形のように不可解な方向へ、イヴの腕は捻じ曲げられた。



 ペトラである。

 竜巻の中に糸を巡らせたペトラが、藤乃との約束通りに、イヴの全身を縛り上げて動きを完全に封じていた。

 竜巻は、ペトラが巡らせた糸をイヴに感づかせないためのカモフラージュである。役目を終えた竜巻が解けると、イヴの周りに糸の牢獄が完成していた。


「もらったああああぁぁぁッ!」


 藤乃は一気に急上昇し、大太刀を突き出す。腕を新たに生やす間もなく、藤乃の大太刀はイヴの胸、心臓があるべき位置に突き刺さり、その体を貫いた。

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