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 航空隊員二人に抱えられ、『心神改』を纏った隊員が空から降りてきた。

 完全に脱力したパイロットの少女が、地上でシェルヴールから強制排出される。『心神改』は不活性化し、救護員が下着姿の彼女を担架に乗せ、酸素マスクを被せている。

 離れたところにいる藤乃にも救護員の怒号が聞こえた。戦闘中に無茶なマニューバでブラックアウトしたのだ。

 『心神改』を地上に戻した隊員たちが空へ戻っていくと、地上のスタッフはアームドモードのままパイロットを排出して佇む『心神改』の機能停止を試み始めた。藤乃は手すりをよいしょと乗り越え、地上クルーの輪へといそいそと進む。


「ねえ」

「え、藤乃⁉ 何で避難してないのっ⁉」


 近づいた藤乃に一番に気が付いたのはすばるであった。


「すばる、それ私に使わせてくれないかな」


 藤乃はエンジンアイドリング状態の『心神改』を指さした。


「だめ」

「今は一人でも戦力が必要なんじゃないの」

「藤乃は戦力じゃないよ」


 シェルヴールを持たない航空隊員などお呼びではない――――こうもハッキリ言われると、藤乃も腹が立ってきた。


「これはね、藤乃が使えるシェルヴールじゃないんだよ。見たでしょ、さっきのパイロットの子。ブラックアウトしたって。耐G訓練受けてる子でもあんなふうになるんだ」

「三次元ベクタードノズルに大型化したストレーキ、それから副カナード……普通のパイロットが使えるシロモノじゃない。全部私のために付けたものなんでしょ」


 すばるがパネルに触れると、シェルヴールは機能停止に軍服の姿になった。


「うぬぼれないで。これは日本の戦技教導航空隊が試作した、次世代のシェルヴールなんだよ。私はその要求性能に合わせただけ。『どんな戦場からでも、必ず生きて帰って来られるような機体』っていうね」


 相手に動きを読ませない、変則的な空中機動を行うためのエンジンや空力制御機構。その強化の方向性は、藤乃がかつて使っていたT2に加えられた改良に似ている。すばるはそのことを口にしようとしないが、藤乃には見てすぐに分かった。すばるはずっと、この『心神改』を藤乃以外には使えないような改造をしていたことを。


 すばるの語っていた言葉。自身の作ったシェルヴールで、藤乃に空を飛んでもらうことが、すばるの夢だ。

 だがすばるはその夢を「あきらめた」と言った。シェルヴールのセイバーモード、それは装着者の感情を代償とする機能である。シェルヴールを使うことで藤乃が傷つくことを、すばるは良しとしない。

 すばるの言葉と行動は矛盾している。『心神改』を藤乃に渡したくないといいながら、藤乃にしか扱えない機体にわざわざ仕上げている。


「……私が作りたかったのは、こんなのじゃない」

「うん?」

「私が作りたかったのは、こんなのじゃないっ!」


 すばるは『心神改』を地面に叩きつけた。

 作業用の機械油の上に落ち、軍服に黒いシミができた。


「私は……私は、藤乃を守りたかった! 戦場ではいつ命を落とすか分からない、だから私は最強のシェルヴールを作るんだって。藤乃が、絶対に生きて帰ってきてくれるようにって! なのに……!」


 すばるは『心神改』にセイバーモードを搭載した。


「セイバーモードがないシェルヴールは、開発費が下りないからって。次に繋げるためだからって……。私は夢を諦めた。『心神改』を藤乃に使ってもらおうって夢を。現実に、私は負けたの!」

「すばる……」

「ねえ藤乃、前に私言ったよね。飛べない戦えない私にも、出来ることはあるって。私だって藤乃を守りたかった。私の作ったシェルヴールで。だからこの子は藤乃には使わせない。藤乃をこの子から守るの!」

「……すばる」


 藤乃は杖を投げ捨ててすばるに近づいた。

 まだ足には少し麻痺が残っている。右足を引きずりながらであるが、藤乃はシェルヴールを抱いて地面にうずくまったすばるの前にしゃがみ込んだ。


「そのシェルヴール、私に使わせて」

「だめだって言ってるじゃん!」


 すばるは『心神改』を藤乃から離すように体をひねって背を向けた。


「藤乃はもう、飛ばなくていいんだよ。飛ばなければ、危ないことなんて何にもないんだから。藤乃は私が守るの!」

「ありがとう、すばる。でもね、私は空からは離れられないんだ」


 藤乃はすばるの肩を掴んで、無理やり自分の方を向かせた。


「ファントムを失って、飛べなくなって。ずっと思ってた。私にできることは何だろう、みんなに何をしてあげられるだろうって。でも、結局何にもできなかった。今もこうしてみんな戦ってるのに、私は見ていることしかできない」

「それでいいんだよ、藤乃はもう……!」

「ずっと、私にとっては飛べるってことが自分の全部だった。飛べるからスパルヴィエロに乗って、飛べるからシェルヴールで戦って。飛べない私は空っぽだよ。だから……お父さんに私がイヴだって言われて、私の神経細胞がペトラさんを治す手がかりになるかもって言われたとき、本当に嬉しかったんだ。まだ私にもできることがあるんだって。そのとき気づいたんだ。本当の私は、何がしたかったのか。何をすべきなのか」


 空が綺麗だから。それも本心ではあるが、藤乃が空を飛びたかったのは、そんなことのためだけではなかった。


「ミリアムさん……スパルヴィエロの医療主任の先生がね、言ってたんだ。セイバーモードを使うには、自分がどうなりたいか、どうありたいか強くイメージすることが大事なんだって。私にはずっと、それがなかった。だからセイバーモードが使えなかった」

「違うよ。藤乃がセイバーモードが使えなかったのは、藤乃が『イヴ』だから」


 すばるの言葉を、藤乃は無視した。


「私はただ空が飛べればそれでいいって、最初はそう思ってたんだ。自由な空。どこまでも青い……それを守るために、私は飛ぶんだって思った。でも違ったんだよ、すばる。私は、すばるの夢を叶えたかったんだ」

「私の……夢?」

「すばるだけじゃない、みんなの夢。平和な世界になってほしい、希望を届けられる人になりたい、将来こんなふうになりたい……そんなみんなの夢を、叶えられる世界。それを私は作り出す。それが今私が一番やりたいことで、『イヴ』である私がやるべきことなんだ。だからまずは、すばるの夢を叶えてあげたい」


 藤乃はすばるの頬に手を添えた。流れる涙粒を、藤乃が親指でそっと拭うと、すばるは震えていた野良猫が警戒心を解くがごとく、急に大人しくなった。


「だからそのシェルヴール、私に貸して。私が『心神改』を、世界最強のシェルヴールにする」


 すばるの力が緩む。その隙を見逃さず、藤乃はすばるの手から『心神改』を奪った。

 その場で素早く着替えると、調整もしていないのに『心神改』の軍服は藤乃にぴったりであった。


「待って」


 シェルヴールを起動しようと、藤乃が胸の六芒星のバッチに手をかけたところで、すばるは背を向けた藤乃の胸に、後ろから手を回して抱き着いてきた。


「……生きて帰ってこなかったら許さないから」

「大丈夫、約束する」

「藤乃……私のほんとうの夢、聞いてくれる?」

「ほんとうの夢?」

「函館でお別れしてからずっと後悔してた。なんであのとき言えなかったんだろうって。でも今なら言えるよ。藤乃、私はあなたのことが好き」

「私もだよ、すばる」

「じゃあ、この戦いが終わったら私と結婚してくれる?」

「えっ⁉ え、えっと、それは……」

「藤乃と結婚するのが、私のほんとうの夢。叶えてくれるんだよね?」

「か、カンガエテオキマス」

「藤乃が死んじゃったら、私勝手に婚姻届出しちゃうから。それがイヤなら、絶対帰ってきてよね!」


 すばるは手を離し、藤乃の背を押した。

 するすると後ずさるすばるを振り返ってひと目見て、藤乃はバッチをひねる。

 軍服になっていた疑似有機繊維が解かれて装甲や兵装になり、藤乃の体へ装着されていった。

 太く短い機首。肩からバックパックまで伸びて大型化されたストレーキ。思考を反映して生き物のように自在に動く三次元ベクタードノズル。ガントレットは『ラプター』から移植されたマルチウェポンベイである。

 各所に配置された補助翼は、藤乃の意のままにぐりぐり動く。藤乃が空を見上げると、『心神改』は補助翼を一斉にパタンと閉じて離陸準備に入った。


 「藤乃」エンジンアイドリングに入った藤乃に、すばるが語りかける。「『心神改』の両翼に載っているのは、私の夢だけじゃない。川崎少佐と、それからスパルヴィエロの隊長さんと、あとそれから、その子を完成させてくれた、レジーナ工廠のみんなの夢」

「うん。みんながこのシェルヴールに託した夢、私が空まで持っていくっ!」


 アフターバーナーに点火し、藤乃は地面を蹴って空へと飛び上がった。



 奇跡の少女は空へと還る。

 その翼に夢を載せて。あるいは、夢に翼を与えて。

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