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 藤乃が社長室を訪れると、ヨハン・ナーシス・レジーナは眉間に皺を寄せていた。

 最初は怒っているのかと思ったが、藤乃が敬礼をすると、ヨハンは目元を指で押さえている。涙が零れないように押しとどめているのだと藤乃は思った。


「かけてください、ウスイ少尉」


 藤乃とすばるが並んでソファに腰を下ろすと、ヨハンは向かいに座りタブレット端末の画面を藤乃に見せた。起動されているのは、映像通話用のアプリのようだ。


「ナカジマくん。きみは席を外してもらえるかな」

「えっ、でも……」

「これはウスイ少尉の、ごくプライベートなことについてなんだ。彼女が君にそれを伝えるべきかどうか、まずは彼女自身が聞いてから考えるべきだ」

「どういう意味です?」

「ウスイ少尉。君の過去について、日本政府から解答がありました。多少の危険は伴いますが……ウスイ少尉、君は養父のフジタカさんと直接話をするべきだと思う」


 ヨハンの答えは答えになっていない。だが、ヨハンの言葉通りならば、藤乃の過去について、何故か日本政府がそれを知っている。そしてすばるは、それを聞くべきでないということだ。


「じゃあ私は、これで……」


 立ち上がろうとしたすばるの服の袖を掴んで、藤乃は引き留めた。


「すばるが聞きたいなら、一緒に聞いて欲しい」

「……わかったよ、藤乃」


 すばるはソファに戻った。

 画面にあの頑固親父、養父の碓氷藤孝が映ったのは、その瞬間であった。


『……? 藤乃か?』

「そうだよ、お父さん」

『となりにいるのは、すばるちゃんか』

「はい、『お義父さん』」


 しれっと藤孝を「お義父さん」と呼んだすばる。昔は「おじさん」呼びだった気がするのに、と思った藤乃だったが、藤乃も藤孝もそれを殊更に問い質すことはしなかった。

 画質は悪かったが、藤孝は藤乃が見た事がないほど笑顔であった。


『聞いたぞ藤乃。スパルヴィエロじゃセプテントリオンをガンガン落として、大活躍だそうじゃないか。俺も鼻が高い』

「お父さん」

『流石俺の娘だな。戦闘機乗りの血は争えねぇってか。わっはっは!』

「お父さん」

『小隊長になるっつー話も来てるそうじゃないか。どうすんだ藤乃。受けるんだろ?』

「お父さん。もっと大事な話があるんだよね?」


 セプテントリオンは通信波に感応する。久しぶりの養父との再会、藤乃も藤孝と話したいことならいくらでもあるが、早めに通信を切り上げなければ、それだけセプテントリオンに襲撃される危険度が高まる。


『……藤乃。お前、シェルヴールの機能が使えなかったそうだな』

「セイバーモードのこと?」

『防衛軍の人から聞いたぞ。でもな藤乃、そのことをお前が気に病むことはない。シェルヴールとは、相性が悪かったんだと思え』

「何言ってるの。ファントムくれたのお父さんじゃん」

『そういうことじゃねぇ。そういうことじゃねぇんだ……うん、そう思っとけ』

「……何を隠してるの」


 藤乃と藤孝は血は繋がらなくとも、石巻で十四年も同じ屋根の下で暮らしていた家族である。さらに航空隊員で目もよく利く藤乃は、藤孝の奥歯にものを挟んだような物言いを見逃さなかった。


『いや、やっぱり……うん、なんでもねぇよ』

「あのさ。こうやって通信を送り合うって、すごい危険なことだって分かってるよね? その危険をみんなが冒してまで、私とお父さんを話させようっていうんだよ? 何か私に言わないといけないことがあるんでしょ?」


『…………』藤孝はしばらく何も言わず、ただじっと画面を見据えてディスプレイに映っているだけだった。藤乃が端末の故障を疑い両手に掴んだところで、藤孝は『はぁー』と大きくため息をついた。


『……分かった、そんなに聞きたいなら話してやる。後悔するなよ。俺がお前を拾ったときのことだ』

「え、そんなこと?」

『俺はその時まだ自衛隊にいた。でも乗機を失くしていた俺は、地上部隊に混じってセプテントリオンに襲撃された集落の救助任務に当たっていた』


 それは、租界を守るドームが作られる前の話。

 人類がセプテントリオンから身を守る術を持たなかった時代の話である。当時、人々はセプテントリオンにいつ襲撃されるかと皆怯えて暮らしていたのだ。


「そこで私を拾ったんだよね。その話なら前も聞いたよ」

『それだけじゃねぇ。重要なのは、お前がセプテントリオンの中から見つかったってことだ』

「セプテントリオンの……中?」

『村の真ん中、クレーターの底に出来た繭から泣き声がしたんだ。近づいてみても、糸は人間を襲ってこない。声を頼りに繭を切り開いたら、出てきたのは人間の赤ん坊だ。でも手足は完全にセプテントリオンに食われててな、仕方なく、セプテントリオンの糸ごと切りとって助けた。それがお前だ、藤乃』

「えっ……? それって……」


 何かを察し、言葉を失ったすばる。藤乃も同じことを考えていた。

 そうではない、と思いたい。だが藤乃は話せと言ってしまった。藤孝は藤乃の意に反して語り出す。



『藤乃。お前は『イヴ』だ。人類で初めて、セプテントリオンの捕食から生還した、奇跡の女の子。それがお前なんだ』



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