第14話 手折られた翼 ①
セイバーモードの起動に失敗し気を失った藤乃は、ペトラに助けられた。
目的地のミュンヘン租界まで運ばれた藤乃は、原因不明の昏睡状態で一時は予断を許さなかったが、こうして奇跡的に意識を取り戻し、病院のベッドに寝かされている。
「良かった、藤乃が無事で」
「すばる……どうしてここに」
「留学、してるんだ。EUのアカデミーに」
スパルヴィエロに乗っていった藤乃と別れたすばるは、函館の学校に通っていた。そこでシェルヴール技術者として優秀な成績を収めたすばるは、EUと日本の技術交流を目的とした交換留学生プログラムに選ばれ、ミュンヘン租界に来ていたのである。
「ミュンヘンってね、すごいんだよ!」
昏睡状態から回復したばかりの藤乃は、まだベッドから出られない。すばるはベッドに腰かけ、藤乃に租界の様子を語って聞かせる。
「電車が走ってるんだよ! 私も資料映像でしか見た事なかった!」
ミュンヘンがいかに発展しているかを語るすばる。藤乃は比較的自由に動く右手ですばるの腕を掴んだ。
「ねえすばる。私のF-4EJ改は?」
「それでね藤乃。アカデミーには水族館もあって、イルカを飼ってるんだよ。今度一緒に見に行こうね」
「すばる」
「他にもね、一杯見せてあげたいものがあるんだ! 歩けるようになったら、絶対! すぐに良くなると思うし」
「すばる、私のシェルヴールはどうしたのかって聞いてるんだけど」
「最上層階には窓もあるから、空も見えるよ!」
「すばる」
藤乃は手を引っ張ってすばるを引っ張り寄せた。
ベッドに横たわる藤乃に折り重なるように倒れ込むすばる。その顔を近づけて、藤乃はすばるの、アカデミー制服の襟をつかんで凄んだ。
「……私の話、聞いてる?」
「藤乃……なんでそんなにシェルヴールが気になるの」
「F-4EJ改は翼。私が空を飛ぶための」
「……ねぇっ!」
すばるが藤乃の腕を掴み返す。
二人が函館で分かれてから、成長したのは藤乃だけではない。すばるは力づくで藤乃の手を引きはがし、その手をベッドに押し付けた。
「どうして……。どうして藤乃はそんなに、飛びたがるの……!」
「あの時から変わってないよ、すばる。私は飛べる。だから飛ぶ。戦う」
「……じゃあシェルヴールがなかったら、もう飛ばない?」
「え?」
「藤乃のファントムね、修復不能なんだって」
「修復、不能……?」
「うん。ダメージが酷くて、今は回収できるデータのサルベージ中。それが終わったら廃棄処分だって」
「うそ……うそだ! 待って! やだ! 私の、私のファントム!」
藤乃は暴れたが、すばるのほうが強かった。押さえつけられたまま、体をよじることしかできない。
「もう……もういいの! 藤乃は空、飛ばなくていいんだから……!」
「そんな、そんなのうそだ! 私は、私はスパルヴィエロ特務航空隊の……!」
ガラッ、と病室の扉が開き、軍服姿のペトラが現れる。
「あ、意識が戻ったんですね。ウスイさん」
ベッドでもがいていた藤乃はぴたりと動きを止めた。
ペトラは今何と言った? 「ウスイさん」……?
「生きていてよかったです」
藤乃の生存を喜ぶその言葉とは裏腹に、ペトラには表情がない。
「ペトラ……さん?」
「ウスイさんのシェルヴールは残念でしたね。わたしのセイバーモードで直せないかと頑張ってはみましたが、ダメでした」
「あの、ペトラさん。私のこと『ウスイさん』って」
「何かヘンですか、ウスイさん」
無機質な喋り方。ペトラは言葉に感情を込めていないのではない。
込める感情を、もう持ち合わせていないのだ。
それを悟った藤乃は、全身の力が抜けてしまった。
「まさか。ペトラさん、感情が……」
「……そうだよ、藤乃」
藤乃の疑問に答えたのはすばるであった。
「セイバーモードの長時間使用じゃないかってみんな言ってる。ペトラさんは、感情が全部無くなってるらしいよ」
「そんな……私の、ために……?」
「航空隊の仲間を助けるのは人として当たり前ですよ。ではわたしはこれで」
病室を出ていくペトラ。その背を見送り、藤乃は枕に深く後頭部を沈めた。機能停止した藤乃のファントムを再起動するために、ペトラはセイバーモードで自身の感情を全て使い果たしてしまったのだ。
もはや暴れる気力も起きない。取り返しのつかないことをしてしまった――――後悔、という言葉では生ぬるい。虚ろな目をした藤乃が暴れなくなったのを見て、すばるはようやくベッドから降りた。




