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第13話 ガールズ・エスケープ ①



 藤乃は、雨に打たれるのも構わずスパルヴィエロのカタパルトの上に立っていた。



 カレンダーは十二月、季節外れのハリケーンがやってきている。ずぶぬれになる軍服であるが、中までは水は入り込んでこない。シェルヴールが水を吸収し、機体駆動のエネルギーへと変換しているからだ。

 藤乃の手には、昨日海上で回収されたばかりのF-14Dの一部、変形に用いる六芒星バッジが縫い付けられた、軍服の切れ端が握られている。


 藤乃が装備を整えて戦場に戻ったころには、そこには何もなかった。

 キャサリンも、イヴも、たくさんいた斥候型セプテントリオンも、忽然と姿を消していた。

 叫んだ。その名を呼んだ。

 だが、荒れ狂う海は藤乃の叫びをかみ砕き、吹きすさぶ寒風はキャサリンを呼ぶ声をかき消してしまった。



 キャサリンは、いなくなった。



 荒天の中、藤乃を始めとした特務航空隊の動けるメンバー全員で日夜の捜索が行われていたが、見つかるのはシェルヴールの切れ端ばかりで、キャサリンの死体も生体も回収できずに三日が過ぎた。グロリアから捜索の中止が言い渡され、キャサリンはMIA、戦闘中行方不明となった。

 その言葉の意味を知らない藤乃ではない。生存の確率は限りなく低い――――つまり、死んだものとして扱えということである。


 キャサリンは、いなくなった。

 藤乃は自分にそう言い聞かせる。死んだのではない。いなくなったのだ。そうとでも考えないと、スパルヴィエロに戻ってこないキャサリンのことを納得することができない。

 あの人が死ぬもんか。だって、だって。戦うだけが私たちの全てじゃないって、そう言ってたじゃないか。いくら強敵でも、隊長が敵と相討ちなんて、そんな選択をするはずがない。それに、艦には奥さんだって――――藤乃は拳をぎゅっと握りしめる。


 このバッジは、イングリットさんに渡すべきだろうか。

 スサンナを送り届けた藤乃がもう一度艦に戻ってきたとき。キャサリンと一緒ではなかった藤乃の頬を、イングリットは平手打ちした。

 理不尽ではあるが、理解はできた。だから、藤乃も抗議はできなかった。

 今、この艦にいるクルーの中で、一番キャサリンの生存を信じ、また帰艦を待ち望んでいるのはイングリットのはずだ。艦長から捜索の中止が言い渡されたときも、へなへなと泣き崩れて、それ以来隊長私室に籠ったきり、誰とも会っていない。

 そんなイングリットにF-14Dの残骸を渡すというのは、死を宣告するようなものだ。藤乃はバッジを軍服のポケットに、大事にしまった。



 特務航空隊の新たな隊長にはイングリットが任命された。副長には次に階級の高いスサンナがついたが、スサンナは再生治療が完了するまでは飛ぶことができず、ペトラは自室でうずくまったまま。小隊の実質的な指揮は、一人無事に残った藤乃が行っている。


「藤乃」


 レインコートに身を包んだリンファが、カタパルトを歩いて藤乃に近づいてきた。


「そろそろ戻ろ? 風邪引いちゃうよ」

「いいよ、風邪くらい。だって、生きてないと風邪引けないもん」

「藤乃……」

「どうせ死ぬなら、私のほうが良かった」


 藤乃がぼそりと呟いた言葉だったが、リンファの耳には確実に届いていた。


「隊長は実力もあったしみんなから好かれてた。セイバーモードだって使えた。叶えたい夢だってあった。なのに、生き残った私は何にも持ってない……どうせ死ぬなら、私のほうでよかったのに」


 リンファはおもむろにレインコートを脱ぎ、藤乃に被せた。


「リンファ……? 風邪引いちゃう……」

「藤乃のバカ!」


 藤乃の軍服とは異なり、リンファのそれはシェルヴールではない。プラウラーには衣服からの変形機能はないので、リンファの軍服はただの縫製を整えた布である。

 ゆえに、雨に降られれば容赦なく水を吸い、リンファの体温を奪う。


「辛いのは、泣きたいのは藤乃だけじゃないよ! 航空隊の隊員で、キャサリン隊長のことが嫌いな人なんて一人もいなかった! あた、アタシ、だって……!」


 ぼろぼろと泣き始めるリンファ。二人に吹きつける豪雨は、その涙と怒声を流し去っていく。


「いつかはこういう日が来るって、覚悟してたよ! 戦場を飛ぶ以上、きっといつか、誰か……。でも、いざそういう日が来ると、どうしても……! 隊長にはもう会えないんだって、どんなに頑張っても、なくなったものはもう取り戻せないんだって……頭では分かってても、平気でなんかいられないよ!」


 リンファはその場に膝から頽れた。


「だから言わないで……命を粗末にしないで。藤乃が死んじゃったら、アタシ、立ち直れない。藤乃だって、大事な航空隊の仲間なんだよ」

「リンファ……ごめん」


 藤乃の肩にかけられていたレインコートが、びゅうと吹き抜けた風にあおられて吹き飛ばされていった。


「中、入ろ」

「うん……」


 肩を抱き、藤乃はスパルヴィエロの艦内までリンファを送った。


 キャサリンという大きな存在を失い、スパルヴィエロ特務航空隊は崩壊しつつある。

 しかし、それも受け入れて藤乃は明日の戦場を飛ばなければならない。敵襲は、藤乃のメンタル回復を待ってなどくれないのだから。

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