③
租界のドームでは、群がるセプテントリオンに対する機銃掃射が続けられていた。藤乃が少女とともにその防空弾幕の隙間からドーム内に入ると、避難してきていたすばるが駆け寄ってきた。
「藤乃ぉっ!」
「すばる」
通信を切った後すぐにすばるや教導航空隊の地上スタッフたちはドームの中まで避難していた。帰ってきた藤乃の側に川崎中尉の姿がないのを見て、大人たちはそれまでの表情が一瞬にして変化する。
みな悲しい目をしている。だが、ワッと泣き出すような者はいない。テストパイロットと研究チームとはいえ、彼らはみな軍人である。戦場を飛び、いつか命を落とすこともあることは覚悟していたことなのだろう。しかしいざ死を前にすると、人はみな感情を殺されてしまうものだ。それが特に、昨日まで普通に会話していた、そんな日常がいつまでも続くと思っていた相手ならなおさらだ。
彼らの重い空気に耐えられなくなったのか、すばるがゆっくりと口を開く。
「この人は?」
「助けてくれたんだ。ええっと」
教導航空隊の地上スタッフの挨拶に、少女が応えている。
難しい英語は良く分からなかったが、彼女の名前が「ペトラ・ニヴァル・レジーナ」というらしいことは藤乃にも分かった。
「それではわたしはこれで」
ペトラが敬礼をしてその場を離れようとすると、藤乃はすばるから離れて彼女の袖を掴んだ。
「あの。私にも何かお手伝いできませんか」
「ん? うーん。たぶん何もないからいいよ。その装備じゃ戦えないでしょ」
ペトラの言っていることは事実だ。藤乃のT2はあくまで練習機であり、武装は一切施されていない。戦場へ出ても、藤乃に出来ることと言えば囮になることぐらいだ。だがあの目――川崎中尉が帰ってこなかったときの、彼女の死を悟ったときのあの同僚たちのあの目が、藤乃の脳裏にこびりついて離れなかった。
何かしなければ。藤乃は焦燥感を覚えていた。川崎中尉は最期まで藤乃を生かそうとしてくれていた。セプテントリオンに生きたまま体を捕食されながらも、助けを懇願したりはしなかった。その強さに、藤乃はなんとか報いなければと思った。
「そうだ! じゃああなた……そいえば名前聞いてなかったね」
「藤乃といいます。碓氷藤乃」
「そっか、藤乃ちゃんか。じゃあ藤乃ちゃんは避難誘導とドームの中で逃げ遅れた人がいないかを探して欲しいな。空が飛べたら効率的に探せるよね」
「はいっ!」
藤乃はすばるに地下シェルターへの避難を促すと、エンジンを点火し、ふわりと地上を飛び立った。