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第12話 妖精皇女 ①

 イングリットのバースデーパーティ騒動が過ぎ去って三日。藤乃は下部デッキ機関室のさらに下、スパルヴィエロの最下層デッキのこれまで存在すら知らなかった部屋へ呼び出されていた。

 チャイムを鳴らし入室許可を求めると、するりと扉が開く。中はそこそこ広く作られた会議室のような部屋だった。しかし部屋の中央にはリング状のテーブルが一台あるのみで椅子はない。待ち構えていたキャサリンはテーブルに腕を組んで腰を下ろし、部屋にいそいそと入ってきた藤乃を見ていた。


「あの、隊長。この部屋は?」

「机上演習室だ」

「きじょー……?」


 机上演習、とは。

 戦場における各部隊、各隊員の動きを、ミニチュアの駒を用いて実際に行い、戦況の変化や戦果の如何をシミュレーションする演習である。かつては将官たちが集まって議論しながら行っていた演習も、スパルヴィエロの機材ならば立体機動まで考慮した高精度なコンピュータ・シミュレーションが可能である。


 立ち上がったキャサリンがテーブルのタッチパネルを操作すると、テーブルの上に「ぶおん」と立体映像が現れた。

 空間投影されているのは、ミニチュアサイズに縮小された航空隊員だ。編隊を組んで飛んでいる彼女らが、これもまたミニチュア立体映像にされたセプテントリオンの群れと交戦を始める。


「立案された作戦を元に、戦術レベルまで内容を落とし込む」


 見ていろ、と指示したキャサリンが再度タッチパネルを操作する。

 投影されていたミニチュアの航空隊員たちは次々とセプテントリオンを撃破していったが、上下左右に広く帯を作るように行動するセプテントリオンによって包囲され、シミュレーションを始めて数秒で「FAILED」の文字が投影されてしまう。


「これじゃダメです。セプテントリオンの群れは生き物じゃないから、頭を潰しても意味がありません」

「では藤乃ならどうする?」

「三人編隊なら間隔を空けて接敵します。三方向から、セプテントリオンの群れを囲うようにして攻撃するんです。そうすればこっちが逆に敵を包囲できます」

「ほぼ正解、といっておこう」


 再度キャサリンがパネルを操作する。今度は距離を離して接敵した三機が、セプテントリオンの群れを囲うように飛び回った。

 最初は上手く囲い込めていたが、包囲が狭まりセプテントリオンの密度が高くなってくると、次第に包囲網は崩れ始める。シミュレーションがスタートして1分足らず、飛び回っていた航空隊員たちは破れた包囲の網から飛び出したセプテントリオンに捕まり、またも「FAILED」が表示される。


「この規模を包囲するなら五人は必要だ。三人じゃどうしても隙ができる」

「じゃあどうすれば?」

「それを考えるのがお前の仕事だ、藤乃。最初の課題は『3対5000の戦力差をいかに覆すか』だ」


 なんじゃそりゃ、と思いつつも藤乃は自分の端末に情報をメモしておく。

 戦闘空域は海上、海は荒れておらず天気も良好。自然物には頼らず、シェルヴール小隊三機の戦闘力だけでセプテントリオン五千体を撃滅する。その戦術を藤乃に考えろというのか。


「今日から早速お前の哨戒シフトを減らしてもらってある。空いた時間は自由にここに来て課題に取り組むといい。上級士官とリンファにもお前が特別な課題に挑戦しているからサポートしてやってくれと言ってある。ただしみんなには課題の内容は聞かず、答えも教えるなと言い含めておいたから、答えは自分一人で出せ。質問はあるか?」


「……隊長」藤乃は挙手をして発言の許可を求めた。

 この部屋には藤乃以外に誰かいるわけではない。挙手をする必要はなかったが、疑問の二つ――――「結婚を公表しないのはなぜか」と「どうして自分が机上演習の課題をしなければいけないか」の二つのうちから、すべき質問を選択する時間が欲しかったのだ。


「何だ?」

「何で私にだけそんな課題を出すんですか?」


 結局藤乃は後者の質問を選んだ。


「これだけの設備、いくらスパルヴィエロに余裕があっても、少なくないリソースを割いているはずです。どうしてそれを私だけに?」

「この前の戦い、覚えてるか?」

「……忘れるはずありません」


 セプテントリオンによる陽動、そしてスパルヴィエロへの奇襲。

 藤乃はまたセイバーモードを使えず、ラヤーンは左足を失った。ラヤーン本人は「気にするな」といったが、藤乃がそのことを気に病まないはずはなかった。

 自分に力があったら、ラヤーンは脚を、そして夢を奪われずに済んだのだ。それを思うと、藤乃は曇ってしまう。


「お前はセプテントリオンの陽動を看破したな」

「……え、そっちですか?」

「今までセプテントリオンが作戦行動を取ってきたことなんてなかった。奴らは生き物を見つけると無差別に襲いかかり、それを捕食する。誰もがそう信じていた。お前はその先入観にとらわれず、状況を見て分析し、必要な行動を取った」

「それとこれとどういう関係が?」

「私はな、藤乃。いずれお前に航空隊を任せたいと思っているんだ」


 藤乃にはキャサリンの言う言葉の意味が分からなかった。

 航空隊を任せる? 私に?


「ラヤーンが怪我して、隊を抜けて。思ったんだよ。いつまでも今のままではいられないんだなって」


 キャサリンは見上げる藤乃に近づいてその肩に手を乗せた。

 横顔をシミュレーターの無機質な光が照らす。表情は笑っていたが、青白い光を反射するキャサリンの瞳はどこか虚ろであった。


「私だっていつ飛べなくなるか分からない。だから、後を託せる後輩を育てておこうって思ったんだ」

「それならスサンナさんのほうが。階級も上ですし」

「アイツはダメだ。教官には向いてるが指揮官にしては仕事に誠実すぎる。それにこの件はスサンナにも相談済みだ」

「えっ!」

「アイツも私の意見に同意してくれたよ。今の航空隊の中なら、一番小隊長向きな人材だって」


 やってくれるか、と微笑むキャサリンに、藤乃は目を伏せた。

 違う。私はそんな期待されるような人間じゃない。

 何か特別な能力を持ってるわけじゃない。これまでだって、必死にやったことが運よく上手くいっただけで、絶対上手くいくって確信してやってきたわけじゃない。

 でも――――


「……課題は、やってみます」

「やってくれるか!」

「でも、小隊長の話は考えさせてください。あくまで訓練として、やらせてください」

「ああ、いいよ。今はそれで」


 藤乃はキャサリンと握手をした。

 汗が滲んでいる。藤乃の中に「いつ飛べなくなるか分からない」というキャサリンの声が反響してきた。


 そんなこと、考えたくない。隊長が飛べなくなるなんて。

 でも、セイバーモードをもってしても戦況はいまだ人類に劣勢を強いている。いつまでも今のままではいられない――――この先、何が起こるのかは誰にも分からないのだ。


 藤乃は課題に取り組むことにした。自分に指揮の才があるのかは分からないが、とにかくキャサリンの期待にだけは応えたい。ただそれだけである。

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