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 パーティが終わった後、藤乃が自室に戻るとリンファが机の上で何かを弄っていた。

 向かいにある藤乃のベッドにはペトラが腰を下ろしている。リンファの作業を見守っているようだ。


「何してるの?」

「ん、ちょっとね」


 藤乃がリンファの手元を覗き込むと、そこにあったのは「プラウラー」のヘッドギアの一部であった。風防や生命維持装置から操作デバイスだけを分離したらしいそれには、ガンポッドを改造した、パラボラアンテナを備えた即席の集音マイクが接続されている。


「よし、テストしてみよう」


 リンファはヘッドギアを身に着け、ガンポッドを抱えて廊下に出た。


「何です、あれ」

「藤乃ちゃんも来る? 隊長とイングリットさんの秘密の密会現場」

「秘密の⁉ 密会っ⁉」


 藤乃が素っ頓狂な声を出したので、集音マイクで増幅された音を聞いたリンファがずっこけた。


「あ、リンファごめん。突然大声出して」

「ま、まあおっけーだよ。これでちゃんと調整できてることが分かったしね」


 バースデーパーティで、キャサリンはイングリットに出したカップケーキにフォーチュンクッキーを忍ばせていた。

 その作り方を指南したのはリンファであり、また不器用なキャサリンに変わってメッセージカードを入れ込んだのもまたリンファであった。つまり、リンファを通じて「秘密」は「公然」となったのだ。


「で、そのメッセージが『0200、第三カタパルト上で待つ』だったってことね」


 深夜2時、藤乃、リンファ、そしてペトラの三人は寒風ふきすさぶ滑走甲板の上に寝そべり、「第三カタパルト上」を見守っていた。視線の先には既にキャサリンが来ていて、夜空を見上げてぽつんと立っている。

 ペトラが持ってきた双眼鏡を借りて見ると、キャサリンは藤乃たち側に背を向けたまま動かない。だが「アイダホ」でキャサリンをよく見ていた藤乃にはすぐに分かった。キャサリンは何か緊張して、そわそわしている。


「イングリットさん、来ると思う?」

「絶対来るって」


 ペトラがサムズアップした。

 イングリットとペトラは同室である。ペトラが通っていたEUコロニーの士官学校時代からの付き合いだという二人は、時には姉妹のようで時には母娘のようである。そのペトラが確信しているのだから、イングリットはきっと来るんだろうと藤乃は思った。


「お、誰か来たよ」


 甲板に上がる梯子がかたかた鳴り、よじ登って現れたのは青髪キツネ目の女、特務航空隊副隊長イングリット・アガヴェルその人であった。

 リンファが集音マイクのスイッチを入れ、藤乃とペトラは自身のシェルヴールの通信機能をリンファのデバイスと無線接続する。これで集音マイクの拾った音が二人にも聞こえるというわけだ。

 強風のノイズを調整するリンファ。ほどなく、マイクは二人の会話を拾い始めた。


『――り前じゃない、キャシーと私の仲でしょ。で、今日は何の相談? こんな誰もいないところで、人に言えない話かしら』

『ラヤーンが怪我してさ。本当はこんな話、今するべきじゃないと思うんだけど』


 双眼鏡で観察していたペトラが「ワッ」と叫びかけて口を覆い、双眼鏡を投げ出した。

 リンファがそれを拾って二人の様子を覗いた後、さらに藤乃に双眼鏡が渡る。

 藤乃が双眼鏡を向けると、キャサリンは手の中に忍ばせた箱をイングリットに向けて差し出しているところだった。甲板上には安全用の誘導灯だけで薄暗く、また距離もあるので双眼鏡の倍率を最大にしても「箱」の詳細は分からない。だが、この状況で手の中に収まるサイズの箱といえば、中に何が入っているのかくらいは藤乃にも想像がつく。

 指輪だ。


『……受け取ってくれるか、インジー』

『もう、なんなのキャシー。改まっちゃって。まだエイプリルフールには遠いわよ?』

『ジョークじゃない。本気だ』

『え、うそ。何、どういうこと?』

『私と、結婚してほしい』


 藤乃も流石に驚いた。双眼鏡が手から零れ落ちる。

 甲板に落ちる寸前でリンファがキャッチしていなければ、落下音で二人に気づかれたかもしれなかった。

 イングリットは何も言わないし、動かない。ただ、キャサリンを見つめて固まっているだけであった。


『……私と――――』

『二回も言わないで! ちゃんと聞こえてるから!』


 イングリットは箱に手をかけない。キャサリンに背を向けて、ぷいっと遠くの空へ視線を移してしまった。


『……なんで、今日なのよ』

『インジー、今日はお前の誕生日だろ』

『それは昨日。もう日付変わっちゃったんだけど』

『うっ、それは……』

『まったく。キャシーはそういうとこが考えなしだからダメなのよ。こういうのはもっとちゃんと計画を練って、最高のシチュエーションでするものでしょう? しかもこんな、何にもない夜中の甲板でなんて。相変わらず女のくせに女心が分からないんだから』


 イングリットからの怒涛のダメ出しにキャサリンもたじろいでいる。


『じゃ、じゃあもう一回チャンスをくれ。今度日を改めて、準備もしっかりするから』

『だーめ』


 突然振り向いたイングリットはキャサリンの差し出していた小箱をひょいと取り上げてしまった。


『おい、返してくれよ』

『返してほしかったら跪いて』

『こ、こうか?』


 イングリットの前に片膝をつくキャサリン。


『これでいいだろ』

『なんでこれを返してほしいの?』

『もう一回私にチャンスをくれ。次こそ、お前が喜ぶプロポーズをするから』

『嫌よ。キャシーにプランを任せたらいつまで経っても完成しないもの』


 確かに、航空隊の作戦立案や細部の調整はほとんどイングリットの仕事である。


『じゃあここで予行演習しましょう。私にどんなプロポーズの言葉をかけるのか、キャシーの思いつく、最大の口説き文句を言ってみて。私が採点してあげる』

『なんだよそれ』

『いいから。早く! 明日も早いのよ?』

『仕方ねーな……あー、イングリット、私と結婚してくれ』

『30点』

『お前と結婚したいんだ』

『0点』

『私にはお前しかいないんだ』

『うーん。10点かな』

『厳しいな!』

『早くしてよキャシー。夜が明けちゃうわ』

『夜の闇より輝く君の瞳に乾杯』

『寒い。0点』

『えーっ! そうだな……君は私の夜空に輝く大きな月だ』

『0点』

『おいおい、どれもこれも0点ばっかりじゃないか! どうしろっていうんだよ!』

『キャシー、あなた私を口説くつもりある? そういうのはスサンナに習ってから出直すのね。あの子意外とロマンチストだったから』

『……私にはお前が必要なんだ』


 イングリットは点数を言わなかった。


『ずっと航空隊の隊長副隊長として一緒に戦ってきたけど、インジー、お前には世話になりっぱなしだ。これからも一緒にいてほしい』

『うーん、25点。そういうことなら結婚までする必要なくない? これからも隊長副隊長でいればいいだけでしょう?』

『……ラヤーンが怪我しただろ。てっきり落ち込んでると思って話しかけたらさ、アイツ『航空隊を辞めても人生は続くんだよ』って言ったんだ。それで思ったんだ……この戦いが終わったら、私はどうしたかったか』

『田舎に帰って農場を開きたいとか言ってたわね』

『ああ。でもそのとき、インジーには隣にいてほしい』

『それ私に何かメリットある?』

『ない。これはただの私の夢だ。でも、私はその夢をインジーと叶えたいし、インジーの夢を私も叶えたい。ずっと、一緒に』


 双眼鏡を使わなくても分かる。イングリットはぴくりとも動かずじっとキャサリンを見つめている。キャサリンに跪かれて、こんな事を言われて固まらない女子はいないだろうと藤乃は思った。

 キャサリンはイングリットが見せびらかすように目の前に差し出している小箱を握った手を、外から無理やりに両手で掴んだ。


『これからのこと、戦争の後のこと。私たち二人の人生を、一緒に考えてくれないか、インジー』

『……はあ。キャシー。私の夢を教えてあげる』

『そういえば聞いたことなかったな』

『私の夢はね。世界で一番大好きな人と、世界で一番笑顔に囲まれた人生を送ること。貴女にそれが叶えられるかしら、キャシー』


 キャサリンはすぐにはそれに答えなかった。いつもの軽薄なキャサリンなら、イングリットの言葉に「もちろんだ」と即答していたことは想像に難くない。

 すぐに答えないということは、それだけ本気ということだ。


『私がお前の『一番大好きな人』になれるかは分からないけど……私はお前を世界で一番笑顔にしたいって思ってる。誰よりも強く、誰よりもたくさん』

『……うーん、70点』

『そんなぁ!』

『でもいいわ、それで。返事は『OK』よ』


 イングリットがキャサリンに抱き着く。

 キャサリンはイングリットを抱えたまま、甲板の上で二人でぐるぐると回り始めた。藤乃たち三人が覗き見していることにまだ気づいていない。どうやら二人の視界にはお互いのこと以外には何も入っていないのだろう。

 藤乃はそれを見ながら、明日からどう接すればいいか考えていた。

 「隊長、ご結婚おめでとうございます」? いやいや、と頭を振る。覗きがバレたらこっぴどく怒られるのは目に見えている。二人が正式に発表するまでは知らぬ存ぜぬを貫くしかないだろう。


「あーっ! アタシも誰かにプロポーズされたいなー! ねぇペトラさん?」


 甲板上を悶え転がるリンファ。


「うん、そうだね」


 対してテンションが低いペトラ。

 いつもならペトラのほうが興奮して転げまわりそうなのに、と藤乃は思う。

 実はペトラもイングリットのことが好きで、キャサリンに先を越されたと思っているのだろうか。だが、ペトラの表情は失恋のショックのようにも見えない。

 ペトラが大好きな先輩で、姉のような存在であるはずのイングリット。その結婚を前にしても、ペトラは無表情である。不思議だとおもいつつも、藤乃は二人とキャサリンとイングリットを残してその場を撤収する。

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