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 スパルヴィエロはイングリットの活躍により窮地を脱した。周辺一帯のセプテントリオンが今回の襲撃のために集結していたのか、戦闘終了後は艦の周囲数百キロにわたってセプテントリオンの反応は無くなっている。


 キャサリンとスサンナは五体満足のまま帰還し、重軽傷を負ったクルーや航空隊員もいるが船体も人員も被害は軽微で航行にも支障はない。その上さらに変異体セプテントリオンのサンプル採取にも成功している。戦果としては大いにプラスであった。

 ラヤーンは一命を取りとめた。失った右足は再生治療も難しく、一生車椅子生活になって航空隊からは除隊、艦内クルーに転属となったものの、ペトラの迅速な応急処置の甲斐もあり、輸血を受けて三日ほどで医務室から出られるようになっていた。


「ま、近いうちに航空隊は辞めるつもりだったしな! ワハハ!」


 敵襲で中断されてしまったイングリットの誕生パーティの続きは、ラヤーンの退院祝いと壮行会を兼ねたものとなった。輪の中でラヤーンはカティアに車椅子を押されながら笑っている。


「ごめんなさい、もっと私がしっかりしてれば」

「過ぎたことをウダウダ言ってもしょーがねーだろ、副隊長さん。生きてんだから、それでいいんだって」


 ラヤーンに謝るイングリットに、ラヤーンは極めて快活に頭を上げさせている。藤乃はラヤーンの笑顔を端末で撮影するので精一杯で、彼女に近づくこともできなかった。

 写真の中のラヤーンは笑っている。どうしてあんなに笑っていられるんだろう、と藤乃は思ってしまう。

 もし、自分が同じ立場だったら――――藤乃は自分が車椅子に乗った姿を想像した。イングリットに「謝らないでください」とまでは言える自信があるが、あんなに幸せそうに笑える自信がない。危ない目にあったのは自分のせいだが、その結果として空が飛べなくなったら、藤乃は生きる目的を失ってしまう。


「藤乃ちゃん」


 パーティ会場と化した『アイダホ』の片隅にしゃがみ込んで端末の小さな画面を見つめていた藤乃に、イングリットが話しかけてきた。


「藤乃ちゃん、大丈夫?」

「はい、大丈夫ですよ。怪我してませんから私」

「体のほうじゃないの」


 イングリットは藤乃の隣に腰を下ろした。


「おめでとうございます、イングリットさん。セイバーモード、使えましたね」

「心にもないこと、そんな平然と言うものじゃないわ藤乃ちゃん」

「……流石航空隊の『お母さん』ですね。お見通しなんだ」

「貴女が思ってるより、私は貴女を見てるわよ藤乃ちゃん。ミリアム先生のとこに検査に行ったとき、私がセイバーモードを使えなかったって聞いて、藤乃ちゃんちょっと嬉しかったでしょ」


 そんなことないですよ、と出かかったが、藤乃はその言葉を無理くりに飲み込んだ。

 その言葉がウソであることくらい、きっとお見通しだ。藤乃は確かに嬉しさを感じた。熟練のシェルヴール使いであるイングリットも藤乃と同じように使えなかった――――それは、藤乃が「役立たず」ではないことを証明してくれる。

 セイバーモードが使えないからといって、劣等感を覚える必要はないと証明してくれるはずだったのだ。


「貴女はずっと空を飛ぶことに誇りを持ってきた。そうでしょ? シェルヴールを扱える自分にはできることが、やるべきことがあるんだ、そう信じて飛んできた」

「……はい」

「でもセイバーモードは使えなかった。セプテントリオンを倒すための決戦機能が自分にだけ使えなくて、ずっと悩んでる」

「はい」

「今の貴女にどんな言葉をかけてあげたらいいのか、私には分からない。私からの同情なんて、貴女は求めてないでしょうから」

「ハッキリ言うんですね」

「でもこれだけは確実に言えるわ。『戦うだけが私たちじゃない』。キャシーは貴女にそう言ったそうね。今ならその言葉の意味が、もっと深く分かる気がするの」


 イングリットは立ち上がった。


「見て、藤乃ちゃん。画像素子じゃなく、自分の目で。目の前の光景を」

「え?」

「今この場にいる人は、みんな笑ってる。それって、とてもステキなことだと思わないかしら? 私たち特務航空隊が守っているのは平和でも未来でも、まして人の命でもない。笑顔なのよ。今、この場でみんなが笑っていられる場所であり、時間であり、世界。私がそれを守りたいと思ったら、『ドラケン』は応えてくれたわ」


 振り返ったイングリットは座り込んだままの藤乃に手を伸ばす。


「そこには貴女も入っているのよ、藤乃ちゃん。だから笑って」


 藤乃はイングリットの手を掴んだ。引き上げられて立ち上がったところに、車椅子のラヤーンがするりと近づいてくる。


「おう、藤乃。こんな隅っこにいたのか」

「ラヤーンさん、私……」

「何シケた顔してんだよ」


 ラヤーンは藤乃の肘を力任せにばんばんと叩いた。


「楽しい思い出を副隊長にプレゼントするんだろ。お前がそんな辛気くせー顔してたら、副隊長だって楽しくなくなっちまうだろーが」

「でも、あの時……セプテントリオンに囲まれたあの時、私がセイバーモードを使えていたら、ラヤーンさんはそんな怪我をしなかったし、航空隊を辞めなくてもよかったんですよ? 私を恨んだっていいのに」

「恨むわけねーだろ。あたしが飛べなくなったのは判断ミスだ。敵を倒すことを優先しすぎて、深追いしたのが原因なんだ。お前のせいじゃない」

「でも……」

「あーもう! めんどくせーな!」


 ラヤーンは残った左足で藤乃の脛を蹴った。

 痛みの余りに目を白黒させた藤乃がしゃがんで脛をさすると、ラヤーンはすかさず藤乃の両頬を摘まんで無理やりに引っ張って伸ばした。


「おら、笑え! 笑えってんだ!」

「いふぁい、いふぁいでふーっ」

「お前が笑顔でいてくれねーと、なんかあたしが悪いみたいだろーが! 笑え! 笑ってあたしを送り出せーっ!」


 パーティに参加したクルーたちが、どっと笑いだす。ラヤーンも藤乃から手を離して笑い出した。

 釣られて藤乃も笑ってしまう。

 私たちが守るものは笑顔――――イングリットは藤乃にそう言った。生きてさえいればいいというものではない。笑って暮らせる毎日を守るのだ、と。

 そして、その笑顔を守るのに必要なのはセイバーモードの戦闘力ではない。ラヤーンも、リンファも、スパルヴィエロ特務航空隊予備隊員の面々は、藤乃のF-4EJ改よりも数段劣る性能のプラウラーで戦地を飛び、そして勝利して帰ってくる。

 彼らが笑顔なのはセプテントリオンに勝ったからではない。皆が生きて、今日も一緒に笑っていられるからなのだ。


 それに気づいた藤乃は、何だか肩にのしかかっていた重りが外れたように感じた。

 今まで何を思い詰めていたのか。セイバーモードが使えなくても、今日生きてみんなと笑えればそれでいいんじゃないか――――「戦うだけが私たちじゃない」。キャサリンの言葉には、一つ一つの戦いで勝利することよりも、今日を笑って過ごすことが大事だという意味が含まれていたのではないだろうか、と藤乃は思った。



 パーティの輪に戻るイングリット。藤乃がカメラを向けると、特務航空隊の面々は示し合わせたようにいきなりイングリットを取り囲んでフレームに入り、藤乃は全員の笑顔を写真に収めた。

 藤乃の写した写真の中、イングリットだけは笑っていない。突然の出来事に驚いて笑う暇もなかったのか、口を大きく開けて、肩をぶつけてきたスサンナに何かを言おうとしている。

 皆が笑っている中、イングリット一人だけ笑っていない。その写真が指し示す真実に藤乃たちがたどり着くのは、パーティが終わった三日後のことである。


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