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 揚力を失い落下する藤乃。


「なんで……っ!」


 また、藤乃はセイバーモードを起動できなかった。機能停止したF-4EJ改は変形も解けてしまい、藤乃はそのまま自由落下していく。

 体勢を戻して振り向くと、そこではラヤーンがセプテントリオンに組み付かれているところだった。アーマーパージでも払いのけきれず、ガンポッドを喰われ、ついに主翼以外の全装備をロストしてしまったラヤーンは空中機動でなんとか回避しようとしたが、ついにスーツから露出した大腿部に斥候型が食らいつく。


「ああぁっ!」


 痛みに吠えるラヤーン。その姿はどんどん小さくなり、主翼に、腕に、斥候型は次々と取りついていく。

 斥候型たちは藤乃を脅威と見なしていないようで、藤乃の真横を素通りしてみなラヤーンの方へ向かっていく。


 同じだ。藤乃は昔を思い出していた。

 石巻で、川崎みつばの操るATD-Xと模擬戦をした日。突然の敵襲でテストは中断され、みつばは――――。


 その時も、藤乃は何もできなかった。

 あの時のT2は非武装だった。セプテントリオンから逃げることしかできなかった。


 では今はどうか。F-4EJ改にはセプテントリオンに対して絶対的に有利な立場に立てるセイバーモードが搭載されている。だが、藤乃はそれを使えない。

 藤乃は自分が強くなったような気でいた。自分の力で、みんなを救えると――――だがそんなものはただの思い上がりだったのだ。藤乃は今回も、目の前で失われる命に対して何もできず、ただ空から落ちていくだけだ。


 ―――ラヤーンさんっ!


 その時、空に輝線が走る。

 太陽光を刺し貫いて縫い留めるような煌めく糸は、ラヤーンの体に取りついている斥候型の体をも貫通し、一瞬にしてその息の根を止めた。

 膨らんだマシュマロを溶かすように、糸に巻き込まれて取り込まれていく斥候型たち。解放されたラヤーンは気を失っており、落下しかけた彼女を集まる糸が抱きかかえるようにして優しく受け止めた。

 藤乃の軍服にも糸が突き刺さった。ゆるやかに減速した藤乃は、下で待ち構えていたペトラに抱き留められる。


「藤乃ちゃん、大丈夫?」


 ペトラはセイバーモードを発動していた。戦場に降り立つ女神を模した彼女の背中から生えた翼は大きく広げられ、そこから伸びた糸が縦横無尽に藤乃たちの周りを走り回り、セプテントリオンたちを殲滅している。


「だから使っちゃダメって言ったのに」

「ペトラさん。また、私……」

「大丈夫だよ。ラヤーンさんも生きてる」


 ペトラに抱きかかえられたまま、藤乃はラヤーンのところまで運ばれた。

 ラヤーンは荒く息をしているが意識を失ったままだ。おそらくは失血性のショックであろうことは、医学の心得がない藤乃にも分かる。


 ラヤーンは左足の大腿の真ん中から下を失っていたからだ。


 大腿骨が露出した生々しい左脚の断面にはペトラの糸が突き刺さっている。応急処置をしているのだ。


「藤乃ちゃんはちょっと待っててね。先にラヤーンさんを助けたいから」

「はい」


 仲間の一人が脚を失い、敵に包囲された戦場の只中だというのに、ペトラは異様に落ち着き払っている。幾度も戦場を経験してきたことから来る余裕なのだろうかと藤乃は思ってしまう。


「ペトラさんっ!」


 そこへリンファたち予備航空隊の3人がやってきた。


「大丈夫、みんな無事だよ。でも、早く艦に戻ったほうがいいかな」

「わかりました」


 藤乃はリンファに抱えられ、ヘシカとカティアは止血と応急処置を終えたラヤーンの両腕を肩に乗せた。


「ここはわたしに任せて」

「はい」

「あ、あの! まだ私、戦えます!」


 リンファに脇を抱えられ猫のように吊り下げられながら、藤乃はペトラに訴えた。

 藤乃は判断ミスをした。逃げようとするサムライ型をラヤーンと共に深追いしてしまった。その上「使うな」と言われていたセイバーモードを使おうとし、案の定シェルヴールは機能停止してしまった。

 失敗を取り戻したい、そう思った藤乃だったが、ペトラは藤乃よりもずっと冷静であった。


「ごめんね。藤乃ちゃんのシェルヴール、直してる暇なさそうだから。それじゃ戦えないでしょ」

「……っ」

「その時間でわたしが戦ったほうがいいと思うんだよね」


 それきり、藤乃は何も言えなくなってしまった。

 藤乃が黙ってしまったのを見て、リンファがペトラと話し始める。


「少尉、変異体がいるので気をつけてください」

「変異体?」

「はい。刀を差して髷を結った……あ、アイツです!」


 リンファの指さす先をペトラも見る。

 さっきまでボロボロになっていたサムライ型が回復している。刀を抜き、鞘を捨てたサムライ型は正中に構えてペトラに刀の切っ先を向けていた。


「よくもみんなを……許さないよ」


 ペトラの口調は冷たくなっている。いつものゆるふわガールな雰囲気はどこかへ置いてきてしまったのだろうか。腕を伸ばしてサムライ型に向けたペトラが広げた翼から、何本もの糸が伸びてサムライ型を刺し貫こうと襲いかかる。

 しかしセプテントリオンもただでは倒されない。刀を振るい、ペトラの向けた糸を切り払って見せたばかりでなく、じりじりと少しずつ距離を詰めてくる。


「それならっ!」


 ペトラが両腕を伸ばす。

 サムライ型を取り囲むように糸の先端は動き、前後左右と上下の六方向から同時に無数の糸が向かっていく。回避する隙も切り払う隙も与えない、確実に相手を刺し貫く目的で放たれた攻撃だ。

 最初の二、三本は切り払ったサムライ型だが、四本目が背中に突き刺さり動きを鈍らせると、次、その次と糸は次々サムライ型に突き刺さり、その動きを封じていった。


「やった……!」


 手足と首をねじ切られ、形がぐにぐにと崩れていくサムライ型。藤乃たちが苦戦した変異型セプテントリオンも、セイバーモードの前には無力、そう皆が思った瞬間であった。


 弾けたサムライ型の中から、新たなサムライ型が飛び出してきたのだ。


 サイズは元よりも半分ほどまで小さくなっている。だが、袴に日本刀、ちょんまげを結った外見は変わっていない。さらには、ペトラの張り巡らせた糸を容易く斬り裂いて距離を詰めてくるその技術とスピードでさえも、元となんら変わっていない。


「そんなぁ⁉」


 再度糸を向けるペトラ。しかし、サムライ型はそれをも切り払って迫ってくる。

 サイズが小さくなった分、狙いがつけにくくなっている。サムライ型とペトラの距離はどんどんと狭まっていった。


「……ッ」


 切っ先が眉間に迫り、ペトラは思わず目を閉じた。

 だが、サムライ型の刀は、ペトラに触れることはなかった。



 飛び込んできたイングリットが、サムライ型セプテントリオンの頭を後ろから掴んで阻止したのだ。




 セプテントリオンを掴んだまま、ペトラから引きはがすように飛び去るイングリット。されるがままになっていたセプテントリオンだが、掴んでいるイングリットの手首を切ろうと刀を振り下ろす。


「セイバーモード……っ!」


 しかし、セプテントリオンの刀は弾かれた。

 セイバーモードによって変化したイングリットの『ドラケン』は彼女の肉体をも浸食している。肘から先は頑丈な鱗に覆われ、鋭い爪を備えたドラゴンの腕に一瞬のうちに変化した。竜の鱗は、セプテントリオンの刀では傷一つつかない。

 背中には翼と尾、頭からは角を生やし、スチールブルーの鱗を持つ半人半竜のような姿に変化したイングリットは、もう片方の手でサムライ型の胴体を掴むと、そのまま力任せにその首をねじ切ってしまった。


 イングリットがぽいと放り投げたサムライ型セプテントリオンの首を、ペトラが大量の糸でぐるぐる巻きに縛り上げて繭のような玉にする。さしずめ、シェルヴールの糸で作り出した即席の「檻」である。あらゆる有機体を捕食するセプテントリオンだが、ほぼ同族ともいえるシェルヴールの有機繊維を吸収することはできない。


「ペトラちゃんはそれをラボに。ここは私が引き受けます」

「イングリットさん……」

「藤乃ちゃんは艦に戻って艦内の怪我人の救助を。いいわね」

「……はい」


 命令している間も、イングリットは背中を向けたままであった。

 藤乃には、彼女がどんな怖い顔をしているのか想像することしかできない。リンファに抱えられ、セプテントリオンに戻った藤乃は補給して再度飛び立ったリンファたち三人を見送った。


 セプテントリオンの黒ずんだ群れの中を走る青い閃光は、イングリットの軌跡だ。

 また、使えなかった。

 内面の問題――――。イングリットはセイバーモードのことを疑っていた。それでも彼女には使えたのだ。

 それなら、藤乃がセイバーモードを使えない理由はなんなのだろうか。考えれば考えるほど、一つの答えしか見えなくなってしまう。



 もともと、自分にはシェルヴールは相応しくなかったのではないか――――

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