③
スパルヴィエロに襲撃をかけてきたセプテントリオンは全て斥候型で、プラウラーのガンポッド程度でも容易に撃墜可能であった。だがその個体数は計数不能であり、識別困難な密度の個体群が波状攻撃をしかけてきている。
こういった状況ではミサイルが最も有効な武器になるが、敵の総数が分からないのでは数に限りのあるミサイルでは弾切れになって押し切られる可能性もある。敵の攻撃が止むまで、藤乃たちはセプテントリオンが船体に取りつかないよう守ることしかできない。
「イングリットさん」
イングリットはスパルヴィエロの舳先の上、数十メートルのところでホバリングしながら予備航空隊の指揮をとっていた。艦の対空機関砲とシェルヴールの複合運用により、なんとかセプテントリオンの攻撃を凌げている状態だ。
「藤乃ちゃん。四時方向から次の群れが接近中よ。C小隊を援護してもらえる?」
「分かりました」
藤乃はイングリットに背を向け、一度そこで止まった。
「……誕生日、こんなになっちゃって。すみません」
「いいのよ。藤乃ちゃんが謝ることじゃない。この仕事をしている以上、スクランブルは仕方のないことだから」
「終わったら続き、しましょうね」
「ええ。あとで全員揃った写真撮ってね、藤乃ちゃん」
「はい!」
藤乃は指示に従い、艦尾に向かって飛んだ。
C小隊はリンファ以下四人のチームである。スパルヴィエロの航空隊員としては藤乃よりも長く飛んでいるリンファとラヤーンだが、あとの二人、ヘシカとカティアは哨戒任務経験のみの新兵で、セプテントリオンとの直接の交戦は初めてである。
「ヘシカ、カティア。緊張してない? 大丈夫?」
「はい、大丈夫です!」
リンファに元気よく返事をするヘシカに対して、カティアは黙ってこくりと頷いた。
「大丈夫だ。実戦なんて、天井のシミでも数えてたらすぐ終わるって」
「天井?」「シミ?」
「ラヤーンさん、二人にヘンなこと吹き込まないで」
「リンファ」
藤乃が合流すると、ヘシカとカティアは「わぁ」と声を上げた。
「援護するよ」
「ありがと、藤乃。藤乃がいれば百人力だよ」
リンファと言葉を交わした藤乃は、自分の背中に羨望の眼差しを感じて振り返った。
ヘシカとカティアである。正式にシェルヴールを受領している藤乃は訓練メニューももう予備隊員とは別になっている。個人的な付き合いはあるものの、予備隊員と一緒に空を飛ぶことは少なくなっていたので、二人が藤乃のシェルヴールを起動した姿を見るのは今日が初めてであった。
「カッコいい……」
いつもは無口なカティアが口を開く。
「初めて、見た。本物」
「ワタシもっ!」
ぐいと気合を入れるように両拳を握り、鼻息を荒くしているのはヘシカである。
「旧世代の全身変形型第二世代機に全面的な近代化改装を施したF-4Eをさァらに藤乃さんに合わせてチューニング、さらにセイバーモードへ対応したF-4EJ改! 古いのは見た目だけ、中身は最新鋭、藤乃さんの操縦技術も合わさって空中戦闘ならスサンナ教官のMiG-29Kに勝るとも劣らないと言われるあの……!」
「長い長い! 台詞が長い! ヘシカ、ちょっと落ち着け」
「ごめん藤乃。この子シェルヴールオタクで」
「そ、そうなんだ……」
「あ、あのっ、握手してもらっても……?」
藤乃がヘシカの握手に応じると、ヘシカは奇声を発してのけぞった。
「ほげぇぇぇ!」
「ヘシカ、顔」
「うう……ハァハァ…………供給が強すぎて心臓が……」
「よだれ、出てる。拭いて」
「あんがと、カティア」
顔合わせくらいなら艦内で何度もしているのに、と藤乃は思ったが、どうやらヘシカが好きなのはシェルヴールであって、藤乃ではないらしかった。
「遊んでないで。来るよ」
リンファが発破をかけ、五人は接近してくるセプテントリオンに相対する。
やはり敵は斥候型ばかりである。これまでであれば藤乃もセプテントリオンの襲撃に疑問を持つことはなかっただろうが、先ほどの陽動、そして今回の波状攻撃。セプテントリオンに何らかの知能が備わっているのだとすれば、巡洋型で攻めてこない理由は何なのだろうか。
「全部を撃ち落とす必要はないからね。スパルヴィエロの防空圏を抜けたやつを狙って」
「はい」「了解」
「あまり前に出ないように。機銃の射角に入っちゃうから。Ⅽ小隊、戦闘開始!」
リンファたちのガンポッドが火を噴き、スパルヴィエロの機銃と連携して弾幕を張る。藤乃はF-4EJ改の内蔵機関砲をその隙間を埋めるように撃った。
斥候型は今のスパルヴィエロの敵ではない。戦力が潤沢とは言い難いが、全方位からの同時攻撃でもなければ艦載機銃と直掩機による迎撃で十分事足りる。今回もスパルヴィエロはこの戦闘を切り抜けるだろう――――と思いたいところだが、やはり藤乃は気になってしまう。
セプテントリオンが知能行動を可能としたならば、今更スパルヴィエロに斥候型の波状攻撃など仕掛けてくるだろうか。それも、わざわざ先行していた藤乃たちをおびき寄せるように艦から離してから。
プラウラーのガンポッド、そして携行している対空ミサイルでは巡洋型には対抗できないだろう。なぜセプテントリオンは巡洋型をスパルヴィエロに差し向けないのか?
「おい、なんだありゃ」
ラヤーンがセプテントリオンの一体を指さしている。藤乃が視線を向けると、そこには奇妙な姿をした個体がいた。
大きさ十数センチのファンシーなテディベアであることは他の斥候型個体と違いないのだが、なんと頭にチョンマゲがついている。羽織に袴を身に着け、腰に刀を差した姿はまるでサムライであった。
その佇まいもただ飛び回る他の斥候型とは異なり、刀の柄に片手を載せ、ただじっと動かずに浮いている。
リンファがサムライ型の個体を狙ってガンポッドを射撃する。しかし、リンファの撃った弾はサムライ型には当たらなかった。
抜き放たれたミニチュアの日本刀。目にも留まらぬ速さで空中に描かれる斬撃の軌跡がガンポッドの特殊焼夷弾を切り払ったのだ。
「そんなのアリ⁉」
「だったらこれでッ!」
ラヤーンが対空ミサイルを放つ。
しかし空中でステップを踏むように左右へ跳ねたサムライ型セプテントリオンはミサイルの頭を足場にしてその軌道を反らし、間合いを詰めてくる。
「マジかよっ⁉」
ラヤーンに近づいたサムライ型が刀を振りかぶる。
「二人とも、合わせて!」
藤乃とヘシカとカティアの三人が機関砲とガンポッドを放つ。密度、範囲ともに回避も防御も不可能な弾幕射撃である。サムライ型もこれには怯んだ。
リンファのときと同じように斬撃で銃弾を弾こうとするが、三機からの同時攻撃はその防御限界を上回っている。一発、また一発と特殊焼夷弾がセプテントリオンの体を千切っていく。
「効いてるぞ!」
特殊個体といえども、攻撃が全く効かないわけではない。藤乃が勝利を確信した、その瞬間であった。
突如サムライ型セプテントリオンの周囲に集合した通常タイプの斥候型セプテントリオンがスクラムを組み、壁になってサムライ型を守ったのだ。
「えっ⁉」
特殊焼夷弾を受けて糸クズになって落ちていく斥候型。その背後で、手足がちぎれてボロボロのテディベアになったサムライ型は藤乃たちに背を向けていた。
理解できない。藤乃の頭脳は理解を拒んでいる。
セプテントリオンは有機体を無差別に喰らう侵略的宇宙生命体である。その行動原理は貪食であり、接触した有機体をその身に取り込むことだけが生態として存在している。
有機体と見ればまっすぐ向かってくるのがセプテントリオンという生き物だ。知能行動をとる巡洋型であっても、防御や回避などといった「自身を守る」行動はしない。彼らには「個」がなく、いくら撃ち落としても次々同じ個体が襲撃してくる。一個体が撃滅されても、その後ろに控える次、またその次の個体が有機体を捕食すればよいというのがセプテントリオンの生存戦略なのだ。
対してサムライ型はどうか。
衣装を着たセプテントリオンというだけでも珍妙だが、シェルヴールの射撃を弾き、ミサイルを回避し、そして今度は斥候型がサムライ型を「守る」ように行動しているばかりではなく、当のサムライ型は藤乃たちから「逃げ」ようとしている。
これも知能行動のなせる技なのか。セプテントリオンの獲得した「知能」が、藤乃たちとの戦闘を避けさせているのか。藤乃には理解できなかった。
「藤乃! 援護してくれ!」
ラヤーンが動いた。
セプテントリオンの群れの中へ突っ込み、サムライ型を追いかけるラヤーン。藤乃は我に返りその航跡を追った。
今、この場でセプテントリオンの行動の理由を理解する必要はない。理解するより先に引き金を引かなければ、次も誰かが死んでしまうのだ。
『みんな!』
レーザー通信を入れてきたのはペトラであった。
『わたしが今、そっちに行くからね! それまでなんとか持ちこたえて!』
「聞いたか、藤乃! なんとしてもヤツを逃がすな!」
「はいっ」
ラヤーンと藤乃は機関砲でサムライ型の進路を妨害する。しかし突撃してくる斥候型を打ち払いながら進むのは難しく、徐々にその差は広がっていった。
「くそっ! こいつら次から次へと……っ!」
「ラヤーンさん、後ろ!」
藤乃が叫ぶ。斥候型がラヤーンの背後に迫っていた。
照準を向ける。トリガーを引く。機関砲が火を噴き、その軌跡が空中に描かれる――――が、ラヤーンに近づいた斥候型は、その軌跡の数ミリ前を飛んでいた。
ラヤーンのプラウラーに、斥候型が取りついた。
サムライ型に気を取られすぎて、警戒がおろそかになっていた。藤乃たちは斥候型セプテントリオンの大群の只中に入っている。
「ラヤーンさん!」
機関砲の発射が止まる。この距離から撃てばラヤーンに当たってしまう。そう思うと、藤乃はトリガーを引けなかった。
「コイツっ!」
セプテントリオンの取りついた膝部アーマーをパージするラヤーン。
アーマーを抱いたまま落下していくセプテントリオンをガンポッドの射撃で追撃し撃破する。
しかし斥候型はラヤーンの動きが鈍くなった瞬間を見逃さなかった。
取り囲んでいた大群のセプテントリオンたちが、一斉にラヤーンに向かってくる。
「逃げろ、藤乃!」
「嫌です!」
背中合わせになった藤乃とラヤーンは機関砲を構えて接近してくるセプテントリオンを撃墜していった。
だが、数が多すぎる。だんだんと包囲網は狭まっていった。
「F-4ならまだ逃げられるだろ、行けよ藤乃」
「嫌です!」
F-4EJ改の網膜投影ディスプレイに表示される機関砲の温度が危険域に達する。長時間の使用で砲身が焼きつきそうになっているのだ。
「艦を降りて家族と一緒に暮らすんじゃないんですか! こんなところにラヤーンさんを置いて逃げるなんてできません!」
かくなる上は。藤乃も覚悟を決める。
このまま弾幕を張り続けても助かる道はない。ここから二人が生還する方法があるとすれば、ただ一つだ。
「セイバーモード、起ど――――」
藤乃はセイバーモードを発動した。F-4EJ改の機体表面を伝わる熱が激しくなり、その構成が解け―――――
いつもの軍服に戻ってしまった。




