第11話 私が守るもの ①
藤乃たち3人が群れに向かって各々機関砲を発砲すると、セプテントリオンの群れは右に左にその進行方向を変え、群れのまとまりの形を変えながら逃げるように飛んで行く。
その姿はまるで、大型魚類に襲われるイワシの群れのようである。キャサリンの指揮の下、藤乃たちは着実に群れを追い込んでいき、その数を減らしていく。
「ペトラは左から追い込め。藤乃は右からだ」
「了解」
群れをまとめてミサイルで撃ち落とし、そこから逃れた個体を各個撃墜していく。単純ではあるが、小規模で密度の高い群れを相手にするのならば最も有効な戦術だ。
「早く終わらせてパーティに戻ろうぜ」
「あ! そういえばカップケーキ食べかけでした。誰かに食べられてないといいけど」
「お前の食いかけなんか誰が食べるんだよ」
セプテントリオンを撃墜しながら、ペトラとキャサリンは雑談をしている。だが藤乃はその輪に入らず、一人黙々と殲滅していた。
あの余裕が自分にも欲しい、と藤乃は思ってしまう。二人が余裕を見せているのは、空中戦に慣れているというのも多分にあるが、それ以上に「もしもの時はセイバーモードを使えばいい」という切り札を持つ安心感があるからだ。
「藤乃、大丈夫か?」
終始無言な藤乃を、キャサリンは無理やり会話の輪に引き込んだ。
「はい、大丈夫です。ちょっと、考え事しちゃって」
「セイバーモードのことなら使うなって言っただろ。この程度の戦闘なら必要ないぞ」
「いえ、そうじゃないです。隊長はイングリットさんに何を贈るのかなって」
藤乃はその場で思いついた話題で、話をはぐらかした。
「あ、それわたしも気になりますー」
「誕生日パーティそのものが私のイングリットに対するプレゼントだよ」
キャサリンの右腕部に装備された機関砲はモデルこそ藤乃のF-4EJ改のものと同型のバルカン機関砲であるが、より巨大になっている。そこから放たれる特殊焼夷弾はセプテントリオン3体の体を貫いてもなお威力を失わない貫通力があるのだ。
当然発砲音も凄まじく、通信機能なしには会話が聴き取れなくなるほどであった。
「ホントですかぁー?」
「ウソついてどうする。本当に決まってるだろ」
キャサリンは藤乃たちのそれ以上の追及を遮るように発砲音を響かせた。
これは何かあるな、と藤乃も察する。キャサリンはイングリットに私室の掃除までされている関係である。さらには特務航空隊で唯一、イングリットはキャサリンのことを愛称の「キャシー」で呼んでいる。二人が同僚というだけの浅い関係なわけがない。
おそらく、もう一つ本当のプレゼントがあるのだろうと藤乃は考える。キャサリンがそのことを話さないのは、藤乃たちに知られたくないからだ。
そこで藤乃はフォーチュンクッキーと中のメッセージのことを思い出す。カップケーキに隠されていた、イングリットがひと目見てすぐに隠してしまったあのメッセージ。あれはキャサリンからのものではなかったか。あのフォーチュンクッキーを仕込むことが出来たのは作り方を調べていたリンファと、実際に製作現場にいたキャサリンくらいのものである。もしそれがリンファからの誕生日祝いのメッセージならば、イングリットがペトラからそれを隠す理由がない。
となれば答えは一つ、あのメッセージはキャサリンからのものだと考えられる。
「信じられないなぁー。藤乃ちゃんはどう思う?」
「ペトラさん、今は作戦行動中です。集中しましょう」
藤乃も話を終わらせるように機関砲を撃った。
キャサリンがイングリットにどんな言葉を贈ったのか、気にはなるが今はそれより敵への対処である。
「ちぇー。つまんないのー」
ペトラも腕部のリヴォルヴァーカノンでセプテントリオンの群れを攻撃している。
体長数十センチほどのテディベア型セプテントリオンの群れは藤乃たちの誘導に離合集散を繰り返しながら飛んでいる。まるで、藤乃たちから逃げるように――――逃げるように?
そこで藤乃は自分の中に少しずつ溜まっていた違和感に気が付いた。今まで、セプテントリオンが藤乃たちから「逃げる」行動を選択したことはなかった。近づけば、向こうから襲い掛かってくるのがセプテントリオンという生き物である。
シェルヴールを、あるいは人類を「獲物」から自らを襲う「天敵」と認識を改めるようになったのだろうか? いや、それには藤乃の理想が織り交ぜられている。有機体を無差別に食らうセプテントリオンに「天敵」という概念が存在するはずがない。
だとすれば――――。藤乃のこめかみを汗が伝った。ロッキー山脈の上空に、熱い風が吹くはずはない。これは藤乃の「冷や汗」だ。
「隊長、スパルヴィエロへ戻りましょう」
「何? どうした藤乃。不調か?」
「いえ。セプテントリオンの動き、なんだか妙です」
「そうかなぁ?」ペトラは違和感に気づいていないらしかった。
「インターセプトコースにいたくせにこっちを積極的に襲ってきません。まるで、私たちに追跡させてるみたいじゃないですか」
「まさかこれも……陽動!」
キャサリンが叫んだ、その瞬間だった。
どばっと水しぶきを上げ、地表の湖からセプテントリオンが飛び出してくる。藤乃たちのいる高度からも確認できるほどの大きさ、巡洋型セプテントリオンである。
藤乃たちが上昇してくる巡洋型に機関砲で応戦していると、今度は空中に新たな巡洋型個体が紡がれ始める。耳、頭、目……斥候型セプテントリオンが集合し、その体を形成しているのだ。
「セイ――――」
「待て、ペトラ」セイバーモードを起動しようとしたペトラを、キャサリンは制止する。「セイバーモードは使うな。お前と藤乃はスパルヴィエロに戻れ。ここは私に任せろ」
「でも!」
「スパルヴィエロに戻ってASM(対艦ミサイル)を補充してこい。セイバーモードなしでも、私のバルカンなら食い止めるくらいのことはできるはずだ」
「だったら3人で!」
「スパルヴィエロに戻りましょう、ペトラさん」
藤乃はペトラの腕を掴んだ。
「今の状態じゃ、ここに残っても私たちはお荷物になるだけです。それよりは、今のうちに補給を済ませておくべきかと」
「だから、セイバーモードで倒せばいいんだってば!」
「ダメです。隊長の命令ですから、聞かないと」
「うぅ……わかりました。ミサイル補充したらすぐに戻りますからね、隊長!」
「ああ、急げよ」
スパルヴィエロへ進路を向ける藤乃が振り向くと、キャサリンは大型のガトリング砲の砲口を既に巡洋型に向けていた。一分あたりに2000発放たれる対セプテントリオン用特殊焼夷弾は巡洋型の体表面を細切れにするが、撃滅までは至らない。近づいてくる巡洋型と距離を保ちながら、キャサリンはそれを迎撃していた。
早く戻らないと。藤乃は一人静かに胸の内で誓うが、ふと思ってしまう。
もし、自分にセイバーモードが使えたら。キャサリンの命令に従って、彼女を置いて艦に戻るという選択をしただろうか。おそらく藤乃は、ペトラと一緒にセイバーモードを使い敵を殲滅することを選んだだろう。
敵地の中に仲間を置いていく。
それが正しい選択のはずはない。藤乃は自身の無力を、冷たい山風よりも強く、体の芯まで刻み付けられるのであった。




