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カップケーキを頬張るイングリットが、何か怪訝そうな顔をしている。


「……?」


 口をもごもご動かし、ケーキの中に混入していた何かを口からこっそりと吐きだすイングリット。それは、小さな四面体状の黄色い何かであった。

 少し離れたところから見ていた藤乃は、それが何かを知っている。同室のリンファが作り方を調べていた、フォーチュンクッキーだ。


 イングリットがそれを静かに割り、中から折りたたまれたテープ状の紙を取り出し文面を読んでいる。「なんですかそれ?」と問うペトラを「なんでもないのよ」とはぐらかしながら、イングリットは紙を胸ポケットにしまった。その直後である。


『アラート発令。本艦に接近するセプテントリオンの群れを感知。航空隊員は至急出撃準備。繰り返す――――』


 スクランブルであった。その艦内通信が聞こえているのは軍服に変形させたシェルヴールを常時身に着けている正規航空隊員の五人と、常時通信機を身につけた上級士官であるグロリアとミリアムだけで、その他の予備航空隊員たちはまだパーティを楽しんでいる。


「お前はここにいろ」


 立ち上がろうとしたイングリットの肩を、背後に近づいたキャサリンが抑えつけた。


「今日はお前の誕生日を祝うパーティなんだ。敵襲くらい、私たちでなんとかするさ」

「でも……」

「ペトラ、それから藤乃は来い。スサンナとイングリットはここに残れ。人手が要りそうなら後で呼ぶ」

「了解だ」


 キャサリンに続いて、藤乃とペトラもパーティの雰囲気を損なわないようにこっそりと店を出る。

 スクランブルが出ているからといって、クルーに余計な不安を与えるわけにはいかない。差し迫った緊急事態でもなければ、航空隊員の行動はいつも静かなものでなければならない。

 雑踏を静かに抜けるのも手慣れたものだ。


「あの、隊長」

「なんだ」

「私でいいんですか。スサンナさんじゃなくて」


 格納庫に向けて歩くキャサリンの少し後ろを歩きながら、藤乃は疑問をぶつけた。


「だって私、セイバーモード使えませんし」

「お前はウソが下手そうだからな。あの場に残しておくなら予備隊員とも交流があるスサンナが適任だろ」


 格納庫のエレベーターに乗り、カタパルトに出る。藤乃たち3人がシェルヴールを起動し、いつも着ている軍服は飛行機を模した姿へと変形した。

 セプテントリオンが近くにいる。まだこちらに向かって来てはいないが、いつでも出撃できるように準備を整えておくのが藤乃たち航空隊員の仕事である。

 たとえそれが、どんなに親しい友人の誕生日パーティの最中であっても。


「ブリッジ、敵の位置と規模を頼む」

『十時方向に斥候型セプテントリオンの群れ、規模は数百体程度と思われます。インターセプトコースに入っていますが、こちらに向かってくる様子はありません』


 ブリッジクルーのオペレーター、フランソワがキャサリンに答えた。


「偶然進路が重なっただけ……ならいいんだけどな」

『艦長はこのまま進行して接敵、殲滅する作戦のようですが、いけますか?』

「大丈夫だ。その程度の規模なら、3人でやればセイバーモードも必要ないだろう」

『了解しました。艦長に伝えます』


 ごごご、と藤乃たちの足元に重い振動が響く。スパルヴィエロが機関出力を上げて増速した音だ。


「藤乃ちゃん、緊張してる?」

「え?」


 藤乃はペトラに話しかけられて我に返った。

 緊張している? そんなバカな。スクランブル発進だって、別に今日が初めてじゃないのに。

 だが、藤乃はどうしても、心の奥から湧き上がってくる不安を抑えることができなかった。


「そんなわけないじゃないですか」

「でも、なんか顔青いよ?」


 藤乃は自分の手で顔を触ってみた。

 スパルヴィエロが空を飛んでいるからだろうか、甲板の上はシェルヴールの体温維持機能なしでは震えるほど寒い。藤乃は凍える自分の頬を手でパンパンと叩いた。


 藤乃の胸騒ぎの正体は、きっとセプテントリオンの「得体の知れなさ」に起因するものだ。今まで小型の、両手に抱けるくらいのサイズをしたテディベアである斥候型だけだと思われていたセプテントリオンに、巨大な「巡洋型」が存在していた。

 セプテントリオンはどんな姿で、どんな風に襲ってくるのか全く分からない。何をどう警戒したらいいのかすら、藤乃たち人類には分からないのだ。

 私にもセイバーモードが使えたなら。藤乃はそう思わずにはいられない。セプテントリオンに対して絶対的に強いセイバーモード、それが自分にも使えたら緊張などしないに違いないからだ。


「藤乃、何があってもセイバーモードは絶対に使うな」


 心中を洞察するような一言をキャサリンからかけられ、藤乃は思わず顔に貼りついていた手を離した。


「戦場で突然機能停止する可能性があるようなもの、選択肢にすら入らないだろ。セイバーモードを使うくらいなら引け。いいな?」

「……はい」

「だいじょぶ、だいじょぶー。やばくなったらわたしも隊長もいるし♪」


 うつむく藤乃の顔を覗き込み、ニコニコ笑いながらピースをするペトラ。

 それじゃダメなんだ、の言葉を藤乃は必死に飲み込んだ。藤乃も今は正規航空隊員の一人である。シェルヴールを預けられ、セプテントリオンを打ち倒すことを自分の存在意義としている。


 これまではそれだけでよかった。シェルヴールで飛んで、敵を倒して、セプテントリオンに奪われた空を取り戻して――――。しかし、今はそれだけではない。キャサリンも、ペトラも、スサンナも。セイバーモードを使いこなして敵を屠っているのに、自分だけ使えない。藤乃の感じる無力感を消し去るには、セイバーモードを使えるようになるしかないのだ。


『まもなく接敵します。航空隊各員は発進してください』

「了解だ。キャサリン・ヴィリディス、F-14D、エンゲージ」

「ペトラ・ニヴァル・レジーナ、EF-2000、えんげーじっ♪」

「……碓氷藤乃、F-4EJ改、エンゲージ!」


 眼下に見えるロッキー山脈の山々は、今の季節にもまだ雪を被っている。そこを吹き抜ける風はなお冷たく、スパルヴィエロを飛び立った藤乃の頬に冷たく突き刺さった。


 内面の問題。ミリアムの言葉が藤乃の瞼の裏に刻み付けられていた。

 自分のシェルヴールをどう表現するか――――ただ飛びたい、空を守りたい、それだけじゃなぜダメなんだろう。閉じた瞼を開いても、そこにあるのは外の世界である。藤乃が求める答えがあるはずもなかった。

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