表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/78

 スパルヴィエロがかつて「アイダホ」と呼ばれていた地域の上を飛ぶころ、パーティの準備は順調に進んでいった。

 料理や飾り付け、招待するメンバー……時折スクランブルで準備を中断することもあったが、概ね予定通りの進行である。だがパーティの期日が迫る中、藤乃は唯一、イングリットに贈るプレゼントを決めかねていた。


 イングリットは藤乃よりもスパルヴィエロでの生活が長い。それなら、スパルヴィエロで手に入るようなものはもう既に持っている可能性が高いのだ。イングリットと同室のペトラに相談しつつプレゼントを思案したがいいアイデアは浮かばず、藤乃はイングリットと仲の良い人間に相談することにした。


 スサンナである。


「あいつの喜びそうなもの?」

「はい。いいアイデアが浮かばなくて」


 非番の日、イングリットの監視をペトラに任せて自室に籠ったスサンナを訪ねた藤乃は開口一番にプレゼントの相談を切り出した。


「スサンナさんはもう何か決めてあるんですか?」

「無論だ。実はな、あれ以来詩作にハマっているんだ」

「詩?」

「そう。私は自作の詩をイングリットに贈る予定だ」


 藤乃が書き物机に向かうスサンナの手元を覗き込むと、そこには露英辞典や何やら専門書らしきもの(キリル文字では藤乃には何が書いてあるのかさっぱりである)を開いたタブレットが置かれ、スサンナは手元の紙のノートに、単語ばかりをいくつも走り書きしている。

 視線に気づいてサッとメモを隠すスサンナだったが、詩作など藤乃に真似できるはずもない。藤乃に見られたところでスサンナには少しも被害はないだろう。


「うーん、創作系は私にはちょっと難しそうです」

「あいつの好きなものといえば本だろ。本を買えばいいんじゃないのか」

「いやいや。私に手に入るような本なんて、絶対イングリットさんもう持ってますって」


 ここでいう「本」とは、いわゆる「うすいほん」、もっといえばBL同人誌のことである。藤乃はそのダークサイドを一度垣間見、軽くトラウマになっている。できることなら、あの本屋の裏コーナーには近づきたくないというのが本音であった。


「だったら、本の内容を実現してやるというのはどうだ」

「え?」

「お前の男装、イングリットはいたく気に入っていたようじゃないか。また男に扮してみるというのはどうだ」

「絶対イヤですっ!」

「はは、冗談だよ」


 スサンナが冗談をいうことに、藤乃は少し驚いた。

 無人島での一件以来、スサンナは藤乃に対する態度が和らいでいる。今ではオススメの本をスサンナのほうから積極的に貸してくれるほどである。以前の近寄りがたいような雰囲気が無くなって、藤乃も少し嬉しくなった。


「そうだ。私もお前に聞きたいことがあったんだよ、ジャップ」

「私に、ですか」

「イングリットから聞いたんだ。お前、アンカレッジの戦闘のときにセプテントリオンの動きが変だった、と発言したそうだな」

「はい。でもあれって『ちのーこーどー』ってやつですよね?」

「そうだ。今まで本能的に、無差別に、接触した有機体を捕食し続けてきたセプテントリオンが、まるで囮でも演じるかのような行動を取った。巡洋型と斥候型で連携を取るようにして」


 あの時、藤乃とペトラは斥候型セプテントリオンに囲まれて巡洋型の出現に対応できなかった。ペトラがセイバーモードを使い、またスパルヴィエロの帰港が間に合ったから良かったものの、あのままではアンカレッジが壊滅的被害を被った可能性もあった。


「なぜ巡洋型は知能を持っているんだろうな」

「なぜって。そりゃ生き物だったら、知能くらい持っててもおかしくないんじゃないですか?」

「それに加えてあのSOS信号だ。巡洋型はどうやって『SOSを出せば人が集まってくる』ということを理解したのか。人間だって、誰かに教えられなきゃ『SOS』が救難信号であることを知ることはないだろう」

「偶然だったのかも。偶然巡洋型はSOS信号に似たものを発していて、それをこっちが勘違いしちゃったとか」

「ああ、その可能性もある。だが、それが偶然だったのかそうでないのか、私たちは知る必要があるはずだ。もし巡洋型に人間の想像を超えるような知能があったら、反抗作戦も計画変更を余儀なくされるだろう」

「でも、そんなのどうやって調べるんです? 捕まえて実験ってわけにもいかないでしょうし」

「サンプルを採取するんだ。既にシリンジの開発は始めている」


 スサンナが手に取った露英辞典のタブレットをスイングすると、注射器のような器具の設計図が現れた。セプテントリオンの体組織を採取するためのシリンジである。

 シェルヴールにデータを入力して出力させる仕組みのシリンジは、直径二〇センチほどの筒と細い中空の針、そして針を刺したところから体組織を吸いだすためのピストンで構成されている。


「こいつを巡洋型に突き刺して体組織を採取する。これはまだ機密情報なんだが、メキシコ湾内の海上コロニーで巡洋型が目撃されたらしい。そこでコイツを使う予定だ」

「……スパルヴィエロはそこへ向かっているんですね」

「そうだ。今イングリットと艦長が作戦立案中だ」


 次の戦いが近い。セイバーモードの実用化によりセプテントリオンと人類のパワーバランスは一部盛り返している。以前までならば、巡洋型を狙ってサンプルを採取するなどという余裕はなかったはずだ。次の戦いも、人類は、藤乃たちはセプテントリオンに勝利を収めるだろう。


 だが、藤乃は戦いとは別の緊張を覚えていた。

 自分とイングリットだけ、セイバーモードが使えなかった。身体的な異常がないとすれば、藤乃がセイバーモードを使えないのには内面、つまりは藤乃自身の心理や意識に問題があるということだ。


「次の作戦、お前を後詰に推薦しておいた」

「後詰?」

「作戦遂行に問題が生じたとき、サンプルを採取する役割だ」


 例えばスサンナが戦死した場合。後詰になる藤乃の役割はスサンナの代わりにシリンジでセプテントリオンからサンプルを採取することだ。

 戦死は大げさにしても、ウナラスカ戦のときのような機材トラブルで作戦進行が不可能になる可能性もある。


「……やめてくださいよ、縁起が悪い」

「作戦というのはそうやって不測の事態に対する策をいくつも講じて実施するものだ。お前には期待している。だが、全てをお前の肩に乗せはしない」

「私が未熟だからですか」

「いや。仲間だからだ」


 あのスサンナの口から「仲間」という言葉が出てきたことに藤乃も驚いた。


「気負うことはない。私たちの行動一つで、世界の命運が左右されたりなどしないのだからな。世界を動かすのは私たち一人一人じゃなく、みんなが集まったチームの力だ」

「…………あの、どういう意味ですか?」

「……慣れないことはするもんじゃないな」


 スサンナはタブレットの表示を露英辞典に戻してしまった。


「たまにはアイツみたいに上官っぽく振舞ってみようと思ったんだが」

「アイツって……隊長のことですよね。隊長ってそんな上官っぽいですかね?」

「アメ公の話はもうやめよう。私は詩作に戻るから、プレゼントのことなら他所をあたってくれ」


 作業に戻ってしまったスサンナとこれ以上話すのは迷惑である。藤乃はスサンナに礼を言い、彼女の自室を後にした。




 かくして、イングリットのバースデーパーティの当日がやってきた。

 『アイダホ』はいつもの雰囲気とはうってかわって活気に満ちている。埃まみれだった店内は綺麗に掃除され、装飾がほどこされて明るくなっている。

 集まったのは航空隊の面々と、それからミリアムを始めとした一部クルー、そして驚いたことに艦長のグロリアが参加していた。グロリアの座る丸テーブルには皆近寄りがたいらしく、座っているのはミリアム、そしてキャサリンだけである。

 主役のイングリットは目隠しをされ、ペトラに手を引かれてやってきた。「一体なんなのー?」といいながらも口元がにやけている。自分がどこへ連れて来られたのか、薄々感づいているのだろう。


「誕生日、おめでとう!」


 イングリットが目隠しを外すのと同時に、皆で一斉にクラッカーを鳴らす。

 軽く、渇いたクラッカーの音に、「わあ!」とイングリットも興奮を抑えきれないのか満面の笑顔になる。いつも細いキツネ目はアーチを描くかのようだ。


「いつもありがとう、イングリット。これは航空隊の皆から」


 近づいたスサンナが花束を差し出す。艦内の水耕栽培室で育てられたカーネーションであった。イングリットは花束をもらい、一層顔が緩んだ。


「こちらこそいつもありがとうね、みんな」

「それからこれは私から――――」

「ふ、副隊長っ!」


 分厚い紙の本を差し出そうとした両側から、新人航空隊員のヘシカとカティアがスサンナを挟むようにイングリットの前にぬっと現れた。


「こ、これ、受け取ってくださいッ」


 二人同時に腕を突き出し、同じく紙製の、薄い封筒のようなものを差し出した。ヘシカのものは淡い黄色、カティアのものは薄い水色をしている。リボンの飾りつけまでついた封筒は、まるでラブレターである。


「あらまぁ」

「読んでください、ぜひにっ!」


 二人はスパルヴィエロ竣工スタッフの娘である。これまではクルーの家族として艦内で生活していたが、この度の航空隊員増員に応募し、適正検査を通過して入隊した新人隊員たちだ。

 まだまだ座学と訓練が多い彼女たちにとって、一番接する機会が多いのが教官役のスサンナとイングリットである。


「おいこら、ヒヨッコどもめ!」

「わぁーっ!」


 拳を振り上げるスサンナから逃げていく二人。

 藤乃はその様子を静かに通信端末のビデオカメラ機能で撮影した。


「まったく、あいつら……。こほん、イングリット、これは私からのプレゼントだ」


 スサンナは仕切り直してプレゼントを手渡した。

 長辺が閉じられた紙の本。タイトルのようなものは書かれていないが、表紙は金色の装飾が施され相当に凝ったつくりになっている。


「私が自分で書いた詩集だ」

「あらあら。じゃあこっちもラブレターだったりするのかしら」

「そ、そそ、そんなわけないだろ!」

「ふふ、冗談よ」


 イングリットの座った席はあの、グロリア艦長とミリアムが一緒に座るテーブルであった。ペトラはイングリットの隣に座り、また藤乃はさらにその隣に座る。座席の配置上、藤乃は艦長の隣になってしまい大いに委縮した。

 キャサリンはペトラとは反対側のイングリットの隣の席に座っていたが、今はその姿が見当たらない。おそらく、料理の準備をしているのだろうと藤乃は推測した。


「イングリットさん! これ、わたしからのプレゼントです!」


 ペトラの差し出した両手で包めるくらいの大きさのプレゼント。イングリットが早速開けてみると、中身はヘアピンであった。

 黄色い小さな王冠形の意匠が三つあしらわれたものだ。


「あらかわいい! 使わせてもらうわね」

「はい!」


 ペトラはプレゼントしたヘアピンを早速イングリットに付けている。藤乃はその様子もまた動画撮影した。今日の藤乃は撮影係である。


「次は私が渡していいかな、碓氷少尉」


 藤乃の隣でグロリアが立ち上がる。


「は、はい、もちろんです!」

「イングリット、いつも部隊のために働いてくれてありがとう。これは私からの礼だ」


 そういいながらグロリアは籠を取り出してテーブルの上に置いた。

 赤ワインである。ラベルには「2010」とある。イングリットと同じ歳のワインだ。


「私の故郷で作られた、十七年もののオールドヴィンテージだ」

「グロリア、あんたって子は……このワイン馬鹿!」


 自身満々なグロリアとは対照的に、隣でミリアムは呆れ顔で頭を抱えていた。


「航空隊員が酒を禁止されてるのは知ってるだろうに!」

「ああ、もちろんだ。だからこのワインは世界が平和になったら、その時の祝杯に使うといい。任務が無くなったら、もう酒を禁止する理由もないだろう?」

「そりゃそうだが……」

「ありがとうございます、艦長」


 イングリットは明るく感謝を述べる。


「でも、私の部屋にはワインを寝かせてあげる場所がないので。その時まで預かっておいてもらえませんか?」

「無論だ。ワインのことなら私に任せておいて欲しい」


 グロリアは籠をひょいとしまってしまった。


「アタシからはこれだよ」


 ミリアムが取り出したのは封筒であった。あのサイズ、そしてあの薄さ……藤乃はその中身を一瞬のうちに「うすいほん」だと悟った。

 イングリットとミリアムも通じ合うものがあるようで、アイコンタクトで会話する二人は口ではありきたりな「おめでとう」「ありがとうございます」を述べながらも、その瞳の奥には野獣が隠れている。


「はいはーい、そろそろいいかなー?」


 リンファがキッチンから盆を手に現れた。

 盆の上にはあの、ジャガイモペーストから作ったカップケーキが山盛りにされている。容器もマグカップではない、それ専用の樹脂製のものだ。

 山の頂上に鎮座する一個は特に巨大で、特に歪な見た目である。焼き加減に失敗したのか、バリバリに表面が割れていた。そしてその上には、一本の火のついたロウソクが立てられている。


「はい、副隊長。どうぞ」


 リンファはその一際大きな、ロウソク付きの一個をイングリットの前に置いた。

 吹き消せ、という合図らしい。イングリットのテーブルの周りにぞろぞろと集まった面々が「ハッピーバースデイ」を歌い、イングリットは恥ずかしがりながら慎重に、ロウソクの火をふうと吹き消す。藤乃はその様子も一人静かに撮影していた。


 火が消え、わあと歓声が上がる中を藤乃は進み、自分のプレゼントをイングリットに手渡した。


「イングリットさん。いつもお世話になってます」

「あら、何かしら。開けてもいい?」


 藤乃が頷くとイングリットは包み紙を開いた。

 中に入っているのは、機械に挟まれた透明な板である。なんだろう、とイングリットが両手でこねくり回しているところを、藤乃は板を掴んで取り上げた。

 さっきまで撮影していた端末からストリームメモリを取り出して差し込むと、透明な板に誕生日会の様子を写した写真が表示される。藤乃が渡したのはデジタルフォトフレームであった。


「ステキ」

「プレゼント、いいものが思いつかなくって。だったら『思い出』そのものをプレゼントしようかなって」

「ありがとう藤乃ちゃん。さっきからずっとうろうろして写真撮ってたのはそういう理由だったのね。大切にするわ」


 イングリットはメモリを引き抜いて藤乃に返した。この先の様子も撮影しろということらしい。藤乃はメモリを端末に戻し、撮影作業に戻った。

 カップケーキが皆に配られ、皆の胃へと収められていく。ペトラは卑しくも両手にカップケーキを握り、子供のような笑顔で頬張っていた。隣に座るイングリットがペトラの頬についたケーキのかすを拭いてやっている。今日の主役のはずのイングリットだが、「部隊のお母さん役」は板について離れられないようだ。


「もう、ペトラちゃんったら」

「おいしいですーっ」


 藤乃はその様子を見ながらシャッターを切った。

 今、ここにある幸せ。皆と一緒に、誕生日を祝える幸せ。

 だがそれはどこにでもあるものではない。石巻には誕生日を盛大に祝えるほどの余裕はなかった。

 しかし何より、この場にいる面々は一人残らず、スパルヴィエロのクルーであり軍人である。明日の戦場は残酷に、そして冷徹に自分の、あるいは仲間の命を奪うかもしれない。そういう世界で生きてきた者たちなのだ。


 今日ここに集い、誕生日が祝えることそれ自体が、小さな奇跡の積み重ねなのだ。そう思いながら、藤乃はイングリットを中心にした誕生日パーティの遠景をカメラに収めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ