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「内面の問題、ねぇ」
藤乃は「カントリー・アイダホ」のカウンターに腰かけ、エプロン姿のキャサリンに検査のことを話していた。
検査から丸三日、藤乃は無理のない範囲でトレーニングに励んだが、自分でも何かが変わったような気はしない。一度セプテントリオンの小さな群れとの戦闘で出撃したが、セイバーモードを使うほどの規模ではなく、藤乃は未だセイバーモードを使えるまでに至っていない。
「はい。隊長はなんで使えるんです、セイバーモード」
「いや、なんでと言われてもな……使えるもんは使える、それだけだ。そういうのはスサンナに聞いたらいいんじゃないか?」
「聞きました。でもなんかよく分かんなくて」
藤乃はペトラやスサンナにも話を聞いてみたが、返ってくる答えはキャサリンのそれと大差なかった。
使えるものは使える――――裏返せば、現状セイバーモードが使えない藤乃には何をしても使えないということである。
「そんなことより、なあ藤乃。ちょっと協力してもらいたいことがあるんだ」
「協力、ですか。いいですよ。私にできることなら何でも」
「実はな……来週、イングリットの誕生日なんだよ。サプライズパーティでもやろうと思うんだが、準備を手伝ってくれないか」
「もちろんいいですよ。イングリットさんには普段からお世話になってますし」
「スサンナにはもう話してある。誕生日までの一週間、イングリットが『アイダホ』に近づかないように見張ってくれるってさ」
「私は何をすればいいんでしょうか」
「料理を手伝ってほしいんだ」
「料理」
「ああ。知っての通り、私が作れる料理なんてマッシュポテトくらいだろ。これじゃ味気なくてな……アイツの誕生日だし、手料理を振舞ってやりたいんだよ。料理の勉強をしたいんだが、イングリットに嗅ぎつけられないように勉強できる自信がないんだ。アイツ、本当に何でも見てるから」
「隊長、一人部屋でしょう。いくらでも隠れて勉強できるじゃないですか」
「いや……それがな。あの部屋、イングリットが毎日掃除してるんだよ。だから何も隠しておけないんだ」
「え、初耳ですそれ」
「『放っておくとシーツ1枚洗えないんだから!』って。お前は私の女房かって」
調理の練習ならばアイダホでいくらでもできるだろう。幸か不幸か、「アイダホ」に好き好んで来る客など藤乃くらいしかいない。普段から開店休業状態ならば、いくらカウンターを空けてキッチンに籠っていても問題はない。
だがレシピの研究となると難しい。レシピ本を売っていそうな本屋はイングリットのシマであるし、独自に何か開発しようにもノートを書けばそれがイングリットに見つかる可能性は高い。
「あ、そうだ! そういうことなら私よりも適任がいるんで、呼んでもいいですか?」
「ああ、構わないが……そいつ、口は堅いほうか?」
「ええ、それはもう。保証します」
藤乃はサムズアップでキャサリンに答えた。
誕生日パーティー。藤乃は石巻でも似たようなものをやったことがある。人類がセプテントリオンにドームの中へ追いやられる前まではいろいろな食事で豪華に行われていたそうだが、物資の乏しい租界では集まって祝いの言葉を述べるくらいのものであった。
スパルヴィエロで行う誕生日パーティとはどのようなものなのだろうか。任務がある以上盛大なものはできないが、租界で行われていたそれより豪華であろうことは想像に難くない。
藤乃はイングリットの誕生日を自室のカレンダーに書きとめ、その日がやってくるのを心待ちにした。
次の日、藤乃はさっそくリンファを連れて「アイダホ」を訪れた。
カウンターに腰かけたリンファは店主が特務航空隊隊長のキャサリンその人であることに驚いていたが、呼ばれた意図――――イングリットの誕生日パーティに向けて、手料理を練習したいというキャサリンの言葉を聞くと、快く指導役を引き受けた。
「じゃあ隊長、今の本気を見せてください」
「ほ、本気……?」
「はい。今の全力で、どのくらいの料理が作れるのか。知りたいんです」
キャサリンと藤乃は目を見合わせた。
今のリンファはかなり気合が入っている。隊長といえば上官であるが、その態度に一切の遠慮はない。キャサリンがおそるおそる冷蔵庫から出したマッシュポテトを一口頬張ったリンファは、匙を置いてハァと大きくため息をついた。
「全然ダメですね」
「わ、私は美味しいと思いますよ! 隊長!」
藤乃は精一杯のフォローをする。
「美味しいとか不味いとかじゃないんだよ、藤乃。確かにこのマッシュポテトは美味しい……でも、それはそもそもこのジャガイモが美味しいってだけ。美味しいジャガイモを潰したらそりゃ美味しいけど、そんなものは料理じゃありません」
「て、手厳しいな……」
「隊長。アタシが本物の『料理』ってヤツを見せてあげましょう」
リンファはキャサリンが潰したマッシュポテトの入ったボウルをひっつかんでキッチンへと入っていく。藤乃とキャサリンはその後を追い、通路から顔だけをキッチンの中へ入れた。
リンファはキッチンで既に作業に入っていた。ボウルに牛乳をあけ、泡立てでジャガイモと牛乳をしゃこしゃことかき混ぜ始めている。
「何を作る気だ……?」
「てっきり『アイダホ』のキッチンって何にもないのかと思ってましたけど。あるんですね、調理器具とか、牛乳とか」
「まあな。ケーキでも作ってやろうと思って準備してたんだが」
慣れない料理に挑戦した結果がどのようなものであったか、キャサリンは語らなかったが藤乃は何となく察した。材料と機材はあるが完成品がないということは、失敗したか途中で諦めたかのどちらかだろう。
そうこうしているうちにリンファは次の工程に入っている。棚を物色しベーキングパウダーの袋を取り出すと中身をひと舐め、うん、と頷き内容物をコップ一杯分ほど投入してかき混ぜ始める。
「なあ藤乃、リンファは一体何者なんだ。自分よりも適任……とか言ってたが」
「リンファは航空隊員としての仕事がないときは食堂で働いてるんです。だから私より料理に詳しいかなーって」
「藤乃ーっ!」
ボウルをかしゃかしゃかき混ぜるリンファが藤乃を呼んでいる。
「ちょっと手伝って。マグカップ探してきてくれる?」
「マグカップ?」
「そ。使ってなさそうなヤツ。洗っといて。それから隊長!」
「は、はいィ!」
「オーブンの火入れて。一八〇度。早くッ!」
「わ、わかりましたっ!」
徐々に強い命令口調になるリンファの手足となり、藤乃とキャサリンは料理の手伝いを始めた。
リンファに任せておけばひとまず、料理の問題は解決しそうである。




