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「藤乃ちゃん。わたし、スパルヴィエロを降りることにしたの」


 救難信号の出ている海域に向けて出港するスパルヴィエロを見送ったドックで、ペトラはそっと呟いた。


「えっ」

「艦長にね、会社に戻りますって言っちゃった」


 胸ポケットから取り出した端末には「退艦許可」の字が表示されている。


「そんな! あんなにスパルヴィエロに残りたいって言ってたのに!」

「無理だよ……あんなの見せられたら。うちの会社が人体実験してたなんて。イヴの人体実験から得られたデータで作られたシェルヴールを、わたしが広めてたなんてさ」

「何も知らなかったんです。私もペトラさんも、みんな。ペトラさんは何も悪くないじゃないですか。航空隊のみんなは誰もペトラさんを責めたりしませんよ」

「だからだよ、藤乃ちゃん。みんな優しいから、わたしとわたしの家は分けて考えてくれてる……でもね、そうやって気を使わせちゃうのが、なんかイヤなんだ」


 ペトラは藤乃に笑いかける。


「だからこれが、わたしの最後の出撃。スパルヴィエロ航空隊としての、最後の」

「最後だなんて!」

「でも安心して藤乃ちゃん。これからもわたしはレジーナ工廠のテストパイロットとして飛び続けるよ。国連広報官の奥さんになって、みんなの戦いを見守り続けるからさ」

「そんなの……」


 ダメだ。そういいかけた藤乃だったが、残りの言葉は突然鳴り響いた警報にかき消されてしまった。早くも、セプテントリオンの群れが租界に接近している合図だ。

 二人はドックを隠すドームの屋上にある仮設カタパルトに立った。普段は二つ折りに畳まれている滑走路が展開されて、二本の平行なガイドレールが現れる。


 藤乃は調整を終えたばかりのF-4EJ改め「F-4EJ改」の六芒星のバッジをひねった。セイバーモードに対応して中身も大幅に近代化改修されたF-4EJ改だが、着ている感覚は元とほとんど変わらない。網膜投影ディスプレイの表示にセイバーモードの予測最大稼働時間である「02:57」が追加されているくらいだ。

 セイバーモードの稼働時間はおおよそ三分である。ペトラのあの異常な食欲――――三分のリミットを過ぎたら餓死する可能性が高い。


 艦長は藤乃たちに「使うな」と言っていたものの、特にシステムロックがかけられていないということは「どうしても」の時は使えということである。


 管制塔の指示を受け、藤乃はカタパルトから離陸する。アンカレッジの風はそれまで藤乃が戦ってきたどこの戦場よりも冷たく、顔や頬は直ぐに凍傷にでもなるかのように冷たくなった。

 ふと横を見ると、ペトラがいない。藤乃が旋回して滑走路のほうを見おろすと、ペトラは少し遅れて空へ上がるところだった。


「大丈夫ですか、ペトラさん」


 藤乃は離陸して空へ上がってきたペトラと編隊を組みながら、レーザー通信を繋いだ。


『うん、大丈夫。ちょっと話してただけ』

「お爺様ですか?」

『ううん、ランベルトさん』


 藤乃は頬や手よりも冷たいものを背筋に感じた。


『お気をつけて、ってさ。それだけ』

「……ホントにそれだけですか」

『……うそ。ランベルトさんに艦を降りたこと言っちゃった』

「なんと?」

『よかった、ってさ』


 どこがいいもんか。藤乃は憤ったが、それ以上私用の通信は出来なかった。セプテントリオンの群れが、目視できる距離まで近づいていたからだ。

 どの個体も小さなテディベアばかり。既にセプテントリオンたちは藤乃たちを捕捉しているらしく、まっすぐ飛行ポーズのまま近づいてくる。


「先制します」


 藤乃はミサイルを発射し、先頭から数メートル後ろの個体を爆裂させた。


 イラついていた。どうすればペトラのやりたいことをさせてあげられるんだろう。特務航空隊の面々の誰も、ペトラを艦から追い出したいなんて思っていないのに。


 気を使わせるのが「なんかイヤだ」? 冗談じゃない。

 迷惑なら今まで何度もかけられてきたじゃないか。突然男装させられたり、恋人役をやらされたり、一緒に寝ようと言われたり……今さら何を遠慮する必要があるんだ。ペトラが「艦に残りたい」と言えば済む話なのに。藤乃は湧き上がってくる怒りを機関砲弾に乗せて、セプテントリオンに叩きつけていった。



 ドームに戻って補給、その後はまた出撃。広帯域通信の効果は凄まじく、連日昼夜を問わない出撃に、藤乃もペトラも三日も経つと疲れ果ててしまった。

 ランベルトは藤乃のいないタイミングを見計らうかのようにペトラの元へ現れては、彼女と言葉を交わしているようだった。どんな会話をしているんだろう――――気になるものの、藤乃は何も聞けなかった。

 聞くのが恐ろしくなっていた。ペトラにはやはりスパルヴィエロに戻って欲しい。あれだけ降りるのは嫌だ嫌だと言っていたのだから、それがペトラにとっての幸せのはずだ――――


 でも。もし万が一。ペトラが心変わりしていたとしたら?

 やっぱりスパルヴィエロを降りて、自分の夢を追いかけたいと思っていたら?


 藤乃がペトラに艦へ戻ってきて欲しいと思う一番の理由が失われてしまう。それを知るのが、藤乃には恐ろしくてたまらなかった。

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