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 借りた会議室に立てこもり、藤乃とペトラ、そしてイングリットは作戦会議を始めた。


「許婿だなんて……私は聞いてないわよ、ペトラちゃん?」

「すみません……」


「作戦失敗だわ」イングリットが頭を抱える。「これじゃ藤乃ちゃんを新しい恋人ですって紹介しても、単に婚約に反抗してるだけの子みたいじゃない」


 実際、そうなのだ。

 ペトラが藤乃を偽の恋人に仕立て上げようとしたのは、親族の決めた婚約に反抗してのことに他ならない。だが、これから話がまとまるかどうかの見合いと、既にほぼ決まっている許婿とでは事情が異なる。


「しかも相手があのホラント中佐とはね……これじゃちょっと分が悪いわ」

「そんなに有名な人なんですか?」

「藤乃ちゃんは知らないのね。中佐は軍の士官学校を卒業した後、あまりの人気ぶりに統合広報司令部が直々に引き抜いたとウワサの男よ」


 現在の世界人口は三対七くらいで女性のほうが多くなっている。そんな中で広報部が最も重要視する能力は「顔と声のいいイケメン」というわけだ。


「ペトラちゃんが中佐の婚約者だなんて知られたら、羨ましさで全世界の女性たちが血を吐くでしょうね」


 相変わらず、それは羨ましがるときの表現なのだろうかと藤乃は疑問に思った。


「でも、なんでその人と結婚するのがペトラさんのためになるんでしょうか。会社のための政略結婚ではないって感じでしたけど」


「……わたしは」しばらく黙っていたペトラが重々しく口を開く。「みんなを勇気づけられる人になりたかったんだ。いつまでも続く租界暮らし、一向に減らないセプテントリオンの被害。このままだと人類は滅んじゃう……だから、少しでもみんなに希望を、未来を届けたい。だからわたしはシェルヴールで飛ぶ道を選んだ。世界のどこへでも飛んで行って、みんなを勇気づけたかったから」

「だから中佐が許婿に選ばれたのね。国連広報官の妻ともなれば、全世界に発信する機会も増えるでしょうし」

「でも今は違うんですっ!」


 椅子に腰かけたペトラはドレスのスカートを両の拳で握りしめていた。


「今は違う……違うんです。わたしはスパルヴィエロに乗って、戦場の空気を味わって……。いろんな人が乗って、支え合ってるスパルヴィエロを、わたしも守りたい、支えられる人になりたいって思ったんです! だから……っ!」


「ええ、それは分かってるわペトラちゃん」


 イングリットはペトラの肩に優しく手を置いた。


「わたしの十六歳の誕生日に、正式に婚約を発表するって……だから、それまでにどうにかグランパたちを説得しないと!」

「でも、困ったわねぇ。許婿ともなると、ペトラちゃんの意志一つだけじゃ断るのも難しいわ。何かもっと正当な理由がないと」

「あ、そうだ!」


 ペトラが何かを思いついたようだ。


「藤乃ちゃんが実は女の子だって明かせばいいんじゃないですか?」

「それとこれとどういう関係が?」

「わたしがレズビアンだって分かったら、きっと婚約も解消できますよ!」

「ちょっと待ってくださいよ。それじゃ私が本当にペトラさんと付き合うことになっちゃうじゃないですか」

「え、嫌?」

「い、嫌……と、いうわけでは、ないんですけど」


 藤乃は頼まれると断れない質である。


「悪くないアイデアだとは思うけれど、最善策ではないわね。『同性愛なんてただの恋愛の真似事』なんていう人もまだまだ世の中には多いし」


 藤乃はペトラの恋人のフリが既成事実化されずに済んで、撫でおろしやすい平坦な胸をホッと撫でおろした。


「やっぱり藤乃ちゃんに『白馬の王子様』になってもらうのがいいと思うわ」

「はく……何ですか?」

「『白馬の王子様』。つまりは、夢から出てきたような理想の相手のこと。ペトラちゃんの夢を叶えられるのは藤乃ちゃんを置いて他にはいないって、みんなに分かってもらえばいいのよ。そうすれば誰もペトラちゃんが藤乃ちゃんと結婚することを否定できなくなるわ」

「いやいや、なんで私がペトラさんと結婚する前提なんですか!」

「え、嫌?」

「い、嫌……ではないんです、けど」


 藤乃は頼まれると断れない質である。


「ペトラちゃんは世界各地のどこへでも飛んで行って希望を届けられる人になりたい。そうよね」

「はい」

「そのためにはスパルヴィエロの航空隊で飛び続けるのが一番だと考えている」

「そうです」

「そのことを誰よりも理解して、誰よりも応えられる人が藤乃ちゃんだって、みんなに認めてもらうのよ。そうすれば会長も認めてくださるはずだわ」

「そんなの、私が婚約者役をやらなくてもイングリットさんが説得してくれれば……」

「藤乃ちゃんっ」


 ペトラは藤乃の前に跪いた。

 両の手を包むように握り、潤んだ眼差しを向けるペトラ。藤乃はその手の熱さに、出かかった言葉を飲み込んでしまった。


「わたし、スパルヴィエロから降りたくない。もっとみんなと一緒にいたい。藤乃ちゃんと離れ離れになるなんていやだよ……だから助けて、藤乃ちゃん」


 藤乃も「助けて」とまで言われると弱かった。

 何より、相手はあのペトラである。石巻租界で川崎みつば少佐が藤乃の目の前でセプテントリオンに捕食され死亡し、絶望していたところを救ってくれた人物である。助けても

らった恩は返さないと――――藤乃がペトラの願いを無碍にできないのには、事情があるのだ。


「……分かりました」

「藤乃ちゃん?」

「私、やります。ペトラさんの『白馬の王子様』」


 藤乃は頼まれると断れない質である。

 最初は婚約者のフリなんてと思っていた藤乃も、ペトラの境遇や直面した問題に触れるにつれて、いつしか彼女の力になりたいと思うようになっていた。「人生を選べるっていうのは、それだけで幸せ」――――イングリットの言葉が藤乃の脳裏によぎる。

 空を飛ぶ。それ以外の人生を藤乃が選べたかどうかは誰にも分からないが、スパルヴィエロに残り、セプテントリオンと戦う道を選んだのは藤乃自身である。同じようでも、選択の必要に迫られるのと、他人に人生を決められるのは大きく異なる。

 スパルヴィエロでの生活を愛しているのはペトラも藤乃も同じだ。だからこそ、藤乃はペトラにもスパルヴィエロに残って欲しいと強く願っている。

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