第7話 マリッジ・スカイブルー ①
「藤乃ちゃん、結婚しよ」
藤乃の部屋の扉を勢いよく開いたペトラは、開口一番にとんでもないことを言った。
驚いて固まったのは藤乃だけではない。藤乃は現在リンファと相部屋になっている。ペトラの突然のプロポーズは、部屋のベッドで休んでいたリンファにも強い衝撃を与えた。
「え?」
「はい?」
「わたしには藤乃ちゃんしかいないの。だから、ね?」
「何がどう『だから』なんですか。結婚って……私たちまだそんなに知り合って時間も経ってないですし」
「藤乃、それよりもっとツッコむべきところがあるとアタシは思うよ」
ずかずかと大股で部屋に乗り込んできたペトラは、ベッドに座って漫画を読んでいた藤乃を突然ひょいと抱え上げ、お姫様だっこの格好で持ち上げた。
そのまま藤乃を連れて部屋を出ようとするペトラに、リンファが立ち上がって後ろからその肩を掴む。
「ちょっと待ってくださいペトラさん。藤乃をどこへ連れていくつもりですか」
「知り合ってから時間が経ってないっていうなら、これから二人っきりの濃ーい時間を過ごせばよくない?」
「いや、ペトラさんそれは無理ですよ」
リンファは無理やりにデートに連れていかれそうになり涙目になって助けを求める藤乃の顔を覗き込んだ。
「藤乃は今、命令違反で謹慎中なんです。任務以外でこの部屋を出ることは許されません」
藤乃はウナラスカ島攻略戦の際に隊長であるキャサリンの命令に背いたことで処分を受けていた。どんな重い処分になるんだろう、独房に入れられるかもしれないと身構えていた藤乃だったが、下った処分が自室謹慎一週間だったので少し拍子抜けしてしまった。
スパルヴィエロの文化的な生活を一週間「おあずけ」されると思うと少し辛かったが、藤乃はスサンナ(こちらは作戦成功の立役者として命令違反も放免されていた)が「ジャップはマンガ好きだろ」と本を貸してくれたので、謹慎生活も三日を過ぎても退屈を感じることはなかった。
「それなら大丈夫」
ペトラは抱えていた藤乃を下ろすと、自分の軍服の胸ポケットから電子端末を取り出した。透明なディスプレイにそれを囲う枠、手の平に収まる手帳サイズのそれには、スパルヴィエロ航空隊の徽章が映し出されている。
命令書である。紙が希少になった現代では、命令書も電子化されているのだ。命令書を手渡されたリンファはそれを指でスクロールして斜め読みし、藤乃に向かって黙って頷いた。その命令書は謹慎中の藤乃に任務を与えるもので間違いない。
「『碓氷藤乃少尉に、上陸班への参加と対外交渉任務を命じる』……対外交渉任務?」
「アンカレッジ租界にね、グランパ……レジーナ工廠の会長が来てるの。藤乃ちゃんには私の婚約者として会長と会ってもらうことになったから」
「そんな急に言われても……」
「ね、お願い」ペトラは立ち尽くした藤乃に向かって手を合わせ、腰を深々と折って懇願した。「結婚が無理ならフリでいいの。婚約者のフリでいいから! わたし、久しぶりに会うグランパに、スパルヴィエロで元気でやってるとこを見て欲しくて!」
「でもペトラさん、藤乃は女の子ですよ。いくらそういう時代だっていっても、婚約者に女の子を連れて行ったらウソだって疑われるんじゃないですか」
リンファの指摘は正確であった。同性婚するカップルも珍しくない時代になったとはいえ、婚約者として藤乃が出ていけばまず演技を疑われるであろうことは想像に難くない。
藤乃は今日ほどリンファが頼もしく、また彼女とルームメイトであったことを神に感謝した日はないだろう。
「うん。だからまず藤乃ちゃんには男の子になってもらうよ」
「は?」
「レジーナ家の婿として相応しい『男子』になれるように、今日からみっちり訓練してあげるからね」
「藤乃を、男の子にするだって……!」
リンファは拳をぎりりと握りしめた。そうそう、怒って。藤乃は強引なペトラに喝を入れてくれるようリンファに願った。男装なんてとんでもない、ありえないと言って欲しいと一縷の望みをかけた。
「ペトラさん」
「うん」
「アタシも仲間に入れてください」
リンファは握りしめていた拳を胸の前でサムズアップに変えていた。
もちろん!と元気に答えたペトラとリンファは、とても爽やかな笑顔で握手を交わす。握っていた蜘蛛の糸が切れ、藤乃は絶望に落ちていく。
今日ほど、藤乃がルームメイトに恵まれなかったと神を呪った日はないだろう。
「前から藤乃を男の子にしてみたいって、ずっと思ってたんですよね」
「だよねー! 絶対似合うよねー!」
「体つきもなんとなく男の子みたいですし……胸とか」
「余計なお世話だよ!」
「それじゃあ藤乃ちゃん。まずは服装から整えてみようか」
「そうですね。それならまず、この邪魔な軍服は脱がないと」
鼻息を荒くしたペトラとリンファが迫る。その獲物を見る目はまさしく肉食獣である。藤乃は大型肉食獣二体に睨まれ身動きが取れなくなった。蛇に睨まれた蛙、あるいは俎板の上の鯉。二人に捕まった藤乃の悲鳴が、航空隊員私室の廊下に響き渡る。




