第6話 ウナラスカ攻略戦①
スサンナを先頭に最後尾には藤乃がつき、真ん中にキャサリンを挟むようにした梯形編隊を組んで、三人は海上をセプテントリオンに感知されにくい低空からウナラスカ島に向けて進攻していた。例の発煙弾はキャサリンが搭載しており、三人は島の周囲を飛び回るセプテントリオンの群れの動きに注意しながら予定のコースを進む。
北太平洋の荒波は時に藤乃たちの編隊を丸ごと飲み込んでしまいそうなほど大きい。その隙間を縫いながら飛行するのは簡単なことではなく、時折弾けた海水の粒がバイザーの下から藤乃の目に飛び込んでくる。普通の操縦技術ではすぐに波へと突っ込んでしまうだろう。藤乃はこの任務に自分が選ばれた理由を目に染みるほどに痛感していた。
『目標ポイントまで、残り一七キロ』
レーザー通信でスサンナが状況を伝えている。
『こんなことなら水着を着てくるんだった』
キャサリンはふざけていた。
『おいアメ公。真面目に仕事をしろ』
『してるだろ。特装弾体はちゃんと持ってきたし、今のところ異常はない』
『貴様はどうしていつもそうなんだ。我々が空の平和を守る最後の砦であるという意識はあるのか』
『当たり前だろ。だって私はスパルヴィエロ特務航空隊隊長だぜ?』
『まったく……今日はヒヨッコも一緒なんだぞ。威厳もあったもんじゃない。今日くらいもっと隊長らしくピシッとしたらどうなんだ』
『イングリットと同じようなことを言うなぁ、お前』
『アイツに言われてもまだその軽薄さを直せないとは重症だな』
『威厳だとか外交任務だとか、そういう堅苦しいのはお前らに任せるって言ってるだろ。お前とイングリットがちゃんとやってくれるから、私は伸び伸び自分の仕事をさせてもらってるってわけだ』
『自分の仕事だと? また例のジャガイモのことか。貴様、待機の日もこっそり抜け出して畑に行っているそうだな。犬っころから聞いたぞ』
『ペトラのやつ、おしゃべりで秘密ってもんがねーな……おい藤乃、さっきから黙ってるけど大丈夫か?』
「はい、大丈夫です」
キャサリンとスサンナの会話に割り込むのが難しかったというのもあるが、藤乃は何より他愛もない会話をしながら精密な飛行をする二人に驚いていた。超低空の、しかも刻々と変化してうねる荒波の隙間を縫って飛ぶのは地形を避けて飛ぶのとはわけが違う、超高難度の飛行プランである。藤乃のほうはシェルヴールを操るので精一杯であった。
「すみません、お二人に付いていくのが精一杯で」
『付いてこられているだけ上等だ。やはり私が見込んだだけのことはある』
『おおっ、スサンナがデレたぞ』
『バカなことを言うな。悪いところは叱り、良いところは褒める。それが教育だ。ヒヨッコどもの教育係を私に命じたのはアメ公、貴様だろうが』
そういえばそうだったな、とキャサリンが答える。
スサンナの厳しい態度は隊長のキャサリン相手でも容赦がない。役職上はキャサリンは隊長でスサンナは隊員であり上下関係のはずだが、二人の会話は対等で、まるで親しい友人のようである。
『目標ポイントまで三百メートル。お喋りは終わりだ。ぬかるなよ、アメ公』
『任せとけって』
スサンナが急激に高度を上げる。キャサリンと藤乃もそれに続き、三機のエンジン排気が海面に当たって水しぶきを上げた。弾体の予定発射ポイントに到着したのだ。
島の周囲を飛び回っていたセプテントリオンたちの動きがピタリと止まる。藤乃たちの姿を捉え、敵襲と認識したらしい。数百、数千のテディベアたちが一斉に藤乃たちに向かって飛んでくる。
藤乃とスサンナはキャサリンの前に回り、機関砲で応戦した。特装弾体の進路からセプテントリオンを排除するために、藤乃は対空ミサイルを構える。ぱすっとパイロンから外れたAAM-3は轟音を放ちながら飛翔し、セプテントリオンの群れの先頭の一体に命中しその体を木っ端みじんに爆散させた。
空中に残った爆炎に次々と飛び込み、何匹ものセプテントリオンが火だるまになって海へ落ちていく。
「やった……!」
藤乃にとっての初めての撃墜。戦果は上々であった。
「次はもっと群れの中を狙え。爆発範囲にできるだけ多く巻き込むんだ」
通信に頼るまでもないほどの近距離をスサンナは飛んでいた。藤乃の目の前でスサンナはR-77対空ミサイルを発射し、群れの先頭から数十メートル後ろでミサイルを起爆させる。スサンナのミサイルは藤乃が撃ったそれよりも3倍近い数のセプテントリオンを巻き込み、そのぬいぐるみのような体を焼き尽くした。
「わぁ……」
「やってみろ」
藤乃は群れの先端から少し後ろの敵にロックし、ミサイルを放つ。
ミサイルは狙い通りに飛翔し、セプテントリオンを爆散させ、広がった爆炎は先ほどよりも多くの個体を巻き込んだ。
しかし、今度は先頭の個体が爆炎に巻き込まれずに藤乃は距離を詰められてしまう。
「っ……!」
藤乃が機関砲を向けようとした瞬間、背後から放たれた無数の弾丸が藤乃に迫ったセプテントリオンを一瞬にして粉々に粉砕した。
ちらりと視線だけを後ろに向けると、キャサリンが構えたバルカン・ガトリング砲の銃口が白煙を上げていた。F-14Dの左腕部に装備された大型ガトリング砲は、銃身が前腕の3倍ほどの長さがある巨大なものだ。
『なかなかいいぞ、藤乃。その調子で感覚を掴め』
「はいっ」
ミサイルの照準や発射、そして誘導。さらにフレンドリー・ファイアを防ぐための編隊行動。どれも藤乃は予備隊員に交じって学んではいたが、実戦ともなると肌で感じるものは訓練中のものとは全く違った。
一歩間違えば自分が、仲間が命を落としかねない戦場の緊張感もそうだが、トリガーを握る藤乃は何か、高揚感ともいうべきものを覚えていた。
敵を撃つ。今まで絶対に敵わないと思っていた、人類はもはや滅びの道へ乗ったとさえ思わせたセプテントリオンを、藤乃はこの手で撃ち落としている。
人類を狭いドームの中に押し込め、空を我が物顔で飛び回っていた怪物を、自らの手で撃滅するのだ。これ以上の快感がどこにあるだろうか。
藤乃はミサイルの三発目を撃ち、数十のセプテントリオンを巻き込んで撃墜する。
『道は開いたぞ、アメ公』
『ありがとな、スサンナ』
キャサリンは脛にマウントした特装弾を発射する。
フェニックスの弾頭を換装して作られた発煙弾は切り離されてから0.5秒後にロケットモーターが点火され、事前にインプットされた目標に向かって一気に飛んで行く。発射の三秒後にはマッハ五に到達し、ミサイルの作り出す高密度の衝撃波がセプテントリオンのとりつきを防ぐので、それ以降は何者もその着弾を妨害することはできない。
白煙の尾を引き、流星のような輝点となって飛翔する特装弾。セプテントリオンの群れをまっすぐに貫いたそれは、ウナラスカ島に張り巡らされた綿雲のような糸の表面に突き刺さった。
弾頭が破裂する。そこから出た狼煙を合図に、艦隊からのマニュアル照準ミサイル攻撃が始まる――――はずだった。
「……?」
『マジかよ』
弾体は確かに着弾した。だが、狼煙は出なかった。
『不発弾だと』
『そうみたいだな』
藤乃たちが持ってきた特装弾は失敗作だったのだ。目標に命中はしたものの、狼煙を出すことはできなかった。
『作戦は失敗だ。スパルヴィエロに帰投する』
「そんな……」
キャサリンは藤乃たちに並び、機関砲の掃射でセプテントリオンを撃ち落とす。
さっきまでふざけていた人間と同一人物とは思えないほど、キャサリンの言動は毅然としたものであった。現場を指揮する隊長として、キャサリンは作戦の失敗と撤退を早期に判断した。
しかし、その決定に不服を唱えるものがいた。
『いや、まだだ』
スサンナである。
キャサリンの制止を振り切り、ミサイルの着弾に混乱して乱雑に飛び回るセプテントリオンの群れの中へスサンナは飛び込んでいく。
『信管が起動しなかっただけかもしれん。接近して起爆する』
『待てスサンナ、作戦が失敗したときのプランBはもう用意してある。スパルヴィエロに戻ればペトラが予備のミサイルを搭載して出撃準備をしているはずだ』
『貴様この状況が見えないのか。ミサイルの着弾にセプテントリオンが反応している。こっちの攻撃を学習された以上、もう二度目のチャンスはない』
周囲に群がるセプテントリオンを機関砲で迎撃しながら、スサンナはどんどんと藤乃たちから離れ島へ近づいていく。
『あの殲滅バカが……。藤乃、帰投するぞ』
「えっ、でも……まだスサンナさんが」
キャサリンは藤乃の言葉を聞かずスサンナと島へ背を向けて、スパルヴィエロへ帰る方向へ飛び始める。藤乃もそれに従い、二人は二機編隊を組んだ。
『大丈夫、アイツなら絶対にやってのけるさ。そのためにも早くこの空域を出ておかないと。太平洋艦隊は水爆を使うつもりらしいぜ』
「す、水爆⁉ そんな話聞いてませんよ⁉」
『あれ、言ってなかったか? 水爆の爆発半径に巻き込まれない距離を十分にとれるところまで逃げるために、特装弾はフェニックスを改造して作ってたはずなんだが』
スパルヴィエロの航空隊に所有されているシェルヴールが運用できるミサイルの中で、最も大きいものがフェニックスである。詰める弾頭の大きさもさることながら、特装弾のベースに選ばれた第一の理由はその射程距離であった。特装弾の着弾を確認した後、航空隊はできるだけ遠くまで巣から離れなければ水爆の爆発に巻き込まれてしまう。そのために最も射程距離の長いミサイルを使う必要があったのだ。
すなわち、弾頭を直接起爆しようと試みているスサンナは、水爆の爆発に巻き込まれてしまう可能性が高い。
「そんなの……ダメですよっ!」
藤乃は機体をバンクさせ、キャサリンとの編隊から離れた。スパルヴィエロに戻る航路を外れ、反転してウナラスカ島へ戻るルートに入る。
『おい藤乃! 何のつもりだ!』
「スサンナさんを連れ戻します」
『なんだと!』
「このままじゃスサンナさんが水爆に巻き込まれちゃいます。そんなのダメですよ!」
『殲滅バカの次は人命救助バカかよ……もういい、勝手にしろ』
藤乃はエンジンの出力を最大まで上げ、アフターバーナーまで点火してスサンナの残った空域に向かって急いだ。
既にウナラスカ島からはかなり離れてしまっており、空を飛び回っている小粒がセプテントリオンなのかスサンナなのか判別はつかない。だが、よく観察してみれば小さく見える黒い粒を、無数の粒が追い回すようにして飛んでいる。前を飛ぶのがスサンナに違いないと藤乃は確信した。
スサンナは北太平洋艦隊が水爆を使うことを知っているのだろうか。藤乃は疑問に思った。もし知っていたら、確実に爆発半径に巻き込まれてしまうであろう直接起爆を試みるはずがない――――藤乃はそう考えていた。スサンナに危険を知らせなければ。藤乃の体を動かしたのはただその一心であった。




