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 北太平洋のウナラスカ島、全住民がセプテントリオンの襲撃から避難し無人島となったこの島に、セプテントリオンは「巣」を作っていた。

 繊維状生命体であるセプテントリオンは、人間が拓いた島の地形を覆うようにその白い糸を縦横無尽に張り巡らせた綿の塊のような巣を作る。そこにできた小嚢から、あのテディベア型の斥候型セプテントリオンが「孵化」するのである。

 巣の周囲は無数のセプテントリオンが飛び回っている。孵化したばかりの個体か、あるいは巣を守るために存在しているものか。人間には彼らがその場に定住する理由は不明だが、セプテントリオンにとって巣が重要な施設であるというのは間違いない。


 スパルヴィエロは国連軍の北太平洋艦隊と合流し、藤乃たち特務航空隊には島への飽和ミサイル攻撃の支援を行う任務が下された。旧来のようなレーダー照射、あるいはGPSを用いた標的指示システムは利用できない。レーダーや衛星通信は電磁波に感応するセプテントリオンを呼び寄せてしまうのだ。特務航空隊は着弾すると狼煙を発生させる発煙特装飛翔弾体を巣へと打ち込み、目視による標的指示を行うことになっている。


「おいヒヨッコ。足を引っ張るなよ」

「頑張ります」


 飛行甲板をカタパルトに向かう道すがら、スサンナは藤乃の背を小突いた。

 ウナラスカ島への突入部隊には弾体を搭載したキャサリンとその護衛としてスサンナ、そして藤乃が選ばれた。三機編隊での低空からの強襲、セプテントリオンの防空網をかいくぐって目標地点まで到達するには、優れた飛行技術が必要であるとの判断である。

藤乃にとっては初の武装状態での実戦であった。起動したF-4EJの両前腕と主翼下に装備された計十発の対空ミサイルは、つややかな表面が白く日差しを反射して陶器のようだと藤乃は思った。ミサイルの発射訓練は何度もやってきたが、実弾をこれから使うのだと思うと緊張もする。


「藤乃」


 発進前に呼吸を整えていた藤乃の肩に、突然ドンと重いものがのしかかってきた。

 女性にしてはあまりに筋骨隆々で、肌もガサガサ。だが不思議と優しい感じがする。隊長のキャサリンであった。


「藤乃、緊張してるか?」

「はい、まあ」

「作戦が終わったらうちの店でパーティでもしよう。お前の初出撃祝いだ」

「私の?」

「ああ、そうだ。もう仕込みはしてあるから、楽しみにしててくれよな。スサンナ、お前も来るだろ?」

「行けたらな」


 藤乃の経験上、「行けたら行く」という人間は大概来ないものである。

 スサンナは藤乃とキャサリンに背を向けて、カタパルトに向かってすたすたと歩いて行ってしまった。その背中からは、キャサリンの軽薄さに対する呆れが見える。


「スサンナさん……」

「気にすんなって。アイツはああいうやつなんだよ。ノリが悪いってゆーかさ」

「隊長が軽すぎるだけでは……?」

「はっはっは! そうかもなぁ!」


 そういって、キャサリンはバンバンと藤乃の肩を叩いた。


「固くなりすぎだぜ、藤乃。気楽に行こう」


 気楽に、と言われても藤乃は気楽に飛べるような気がしていなかった。

 実戦。本物の兵器を使用した、本物の空中戦。いずれは経験するであろうとは思っていた、命を懸ける鉄火場。藤乃が戦場を飛ぶのは初めてではないが、実弾を用いた戦闘は初めてである。もし失敗したら――――藤乃は最悪の事態、命を落とすことを想定しないわけにはいかなかった。

 だがそんな戦場を前にしながら、キャサリンはまるで近所の公園にでも遊びにでも行くかのような軽い態度である。何度も実戦を経験してきたからこその余裕だろうか、藤乃はスサンナがキャサリンの軽薄さに苦言を呈する気持ちが少しだけ分かる気がした。


「でも、もし失敗したら……」

「しないさ。するはずがない。失敗しないために、お前とスサンナと私の三機編隊にしたんだよ」

「どういう意味ですか」

「見たぞ、あのT2での失速機動。試作機の追撃をかわすためにわざと失速したように見せて、ギリギリで復帰したな」


 キャサリンは藤乃がATD-Xとの模擬戦で見せた、決死のマニューバのことを言っているらしい。


「驚いたよ。あんなの自分の機体のこと、最大推力に加速性能、迎角と揚力特性を知り尽くしてなきゃできない芸当だ。まあ、あれが通じるのは相手が人間で、お前が事故で死ぬのを良しとしない教導部隊の士官さんだったからこそ成り立つ戦術だったけどな」

「あのときは必死でした」

「お前には度胸がある。土壇場で取るべき行動を冷静に判断できる判断力と、思い描いたプランを正確に実行できる技量もある。どっちも戦場で飛ぶ人間に一番必要なものだ。そんなものはペーパーテストや訓練では決して身に付かない、お前の素質だ」

「買い被りですよ、そんなの」

「お前なら今回の任務、必ず成功させられる。必ず成功させろっていうんじゃない。私はお前なら絶対に出来ると思ったから、編隊に入れたんだ」


 藤乃がキャサリンと話し込んでいる間に、スサンナは一足先に空へと上がっていった。


「じゃ、そろそろ行こうか藤乃」

「はい、隊長」


 キャサリンと別れ、藤乃は船首に向かってせり出したカタパルトに立った。

 短いカタパルトのレールにはスサンナが飛び出していった後の余熱が残っている。そのゆらめく陽炎の先、薄雲も見えない空は青く遠く、どこまでも澄んでいる。

 かつて人類が憧れた空。自由に飛びたいと願った空。今その空を傍若無人に飛び回っているのは、宇宙からの侵略者セプテントリオンである。


 セプテントリオンを撃滅する。巣を破壊する。

 藤乃が平和な空を取り戻すための第一歩が、今始まるのだ。


「碓氷藤乃、行きますっ!」


 不思議と緊張はほぐれていた。キャサリンの軽薄さのせいかとも藤乃は思ったが、おそらくそうではない。

 お前になら絶対に出来る。キャサリンのその言葉が、いつまでも彼女の隆々とした腕のように藤乃の両肩を抱いていた。

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