②
ペトラは藤乃をラウンジへと連れて行った。藤乃が初めてスパルヴィエロに乗ったときと同じようにケバブを注文し、またも二人並んでベンチに座りそれを頬張る。
「レジーナ工廠っていうのはね」
藤乃が聞くまでもなく、ペトラは藤乃が疑問に思っていたことを語りだした。
「世界で三つだけ残ってる、シェルヴールを開発できる会社の一つなの。わたしの『タイフーン』とか、イングリットさんの『ドラケン』とかもレジーナ工廠製」
「そうなんですか」
「それでね、わたしはレジーナ工廠のテストパイロットをしてた。単発機はひゅーん、で双発機はぎゅいーんでね」
手で飛行機の形を作りペトラは目の前をひょいひょい動かしたが、藤乃にはそれらの違いがよく分からない。
「それから兵装の評価試験もやった。機関砲にミサイル、レーダーに電子線装備に……」
「す、すごいんですね」
藤乃はT2のお陰で飛ぶのには慣れていたとはいえ、練習機には搭載されていない火器管制や編隊行動はまだまだ未熟であった。それらの技術をすべて、歳のそう離れていないはずのペトラは実戦に出られるほどまでに研鑽している。
そうなると疑問になるのは、なぜペトラはこのスパルヴィエロに乗っているのかということである。シェルヴールのテストパイロットというのは、それを着て飛ぶ航空小隊員にとっては「雑誌のスーパーモデル」みたいなものである。その人気ぶりは藤乃もつい先ほど目にしたばかりだ。
ずっと実家の会社でテストパイロットを続ければ、戦場に出ることもなければ命の危険も少ない。なぜペトラはその道を選ばず、スパルヴィエロの航空隊に入っているのだろうか。
「……あの、聞いてもいいですか。ペトラさんはどうして飛ぶんです」
「どうしてって?」
「いえ、なんでスパルヴィエロに乗ったのかなって……テストパイロットを続けていれば戦場に出ることはないのに」
ペトラはケバブを頬張る口を止め、ラウンジの向こうの空を見上げた。
「最初はね、仕事だったんだ。この船に乗ったの」
「仕事?」
「うん。出向ってやつ? 現場に出て、航空隊員の声を聞いてこいってパパから言われて。みんなの不満とか、もっとこうしてほしいとか。そういうのを聞いて会社に報告する仕事。だから最初はただのスポンサーの人って感じで、全然飛ばせてもらえなくて。ただそこにいて話を聞くだけだったんだ。なんだけどね、この船に乗ってるうちに、愛着っていうのかな……わたしもみんなと一緒に飛びたい、この船を守りたいって思ったの」
ペトラの視線は空からラウンジの中へ向けられた。
「ねぇ藤乃ちゃん。この船にはいろんな人が乗ってるんだよ。船を直す人、掃除する人、食べ物を作る人」
藤乃が視線をラウンジに向けると、先ほどペトラがケバブを買った屋台のすぐ後ろでは、植えられた芝生をいじる作業着姿の女性がいた。他のベンチには本を読む途中だったのか、ベンチに仰向けになって本を顔に乗せて眠っている男もいる。
一つの都市がまるごと動いているかのようなスパルヴィエロ。そこで働く人は航空隊員だけではない。彼女らの使うカタパルトや飛行甲板を整備する者もいるし、農業を営みクルーの生活を支えている者もいる。
「わたし、この船が大好き。みんなみんなこの船でやれることをやってる。そんな中で、わたしはずっとこんなことをしてていいのかなって思ったんだよ。いつまでもお客様で、みんなから守られているばっかりじゃダメなんだ。わたしのやるべきことは、きっとこの船を、みんなの毎日を、平和な日常を守ることなんだって」
ペトラはベンチから立ち上がって数歩歩くと、藤乃に振り返った。
「だから飛ぶんだ。それがわたしの、戦う理由」
ニコニコと笑顔のペトラ。傍目には天然系にしか見えないペトラだが、彼女なりに色々考えることはあるらしい。
「カッコいいです、ペトラさん」
「ははー。藤乃ちゃんにいわれるとくすぐったいなぁ」
「私にも出来るでしょうか、そういうの。平和を守るとか」
「出来るよ。藤乃ちゃんなら出来る。きっとね」
ケバブサンドを食べ終えた藤乃の手を引き、ペトラはベンチから立たせた。
「じゃあこっからは続きね」
「続き?」
「最初の日にできなかったデートの続き」
「デート⁉」
ペトラの理解不能な発言の意味を問いただす暇もなく、藤乃はペトラに手を引かれて初日に出来なかった艦内の案内の続きを受けることとなった。
文化的なスパルヴィエロでの生活。藤乃にはそれらがすべてキラキラ輝いて見えた。
だがそれはごく当たり前にそこにあるものではない。どこに行ってもそこで働く人間はいて、キラキラしたスパルヴィエロでの日常は、誰かのお陰で成り立っているのだと藤乃は改めて思い知らされたのだった。




